水鏡
*珍しく嶺←レンっぽいけど、結局嶺→←レン。
こんなのは恋じゃない、そんなのは愛じゃない。
「愛してるよ」と、彼はいとも簡単に俺の耳元で囁く。その声は、普段のおちゃらけているような彼の声とはまったく違う質のもので、低くてまるで地の底から引かれているみたいに動けなくなってしまう声だ。その声と言葉は、しばらく経ってもずっと俺の頭の中を支配し続けるから、俺はどうしても怖くなってしまって、「俺は愛してなんかないよ」と告げる。そうしたら彼は、何故か楽しそうに笑うのだ。
「でも、レンレンは僕のことが気になるでしょ?それがね、まるで、恋をしているみたいなんだよ」
そうやって、彼の言葉は俺の心をとらえて、見えない何かで雁字搦めにして、ここ以外のどこにもいけないようにしようとする。嘘だ、そんなのは嘘だ。こんな気持ちは決して恋なんかじゃない。気になるのはただ、自分と彼がどこか似ているように思うから。表出される仮面の形は違えども、不意に垣間見せるどこか寂しそうな瞳に、限りなく自分に類似している何かを感じるから。だから気になるのだと思う。
俺は、周りの仲間に救われたと思う。相変わらずままならぬことは多いが、八方ふさがりだとばかり思っていた目の前の道が、意外と開かれているのだということを色々な人に教えられた。彼の過去は知らない。何を抱えているかも計り知れない。でも、彼はまだ救われていないように俺には感じられた。救ってあげなきゃ、なんて馬鹿馬鹿しい偽善でしかないことはわかっているのだけど、俺は多分に周りのおせっかいたちに影響されているのかもしれない。彼を助けたいと願うのは、自分と重ねてしまうから。ただ、それだけのこと。こんなのは恋じゃない。
「それに、僕はレンレンのことがすごーく気になる。こういうの、愛してるって言わない?」
嘘だ、そんなのは嘘だ。そんな気持ちは決して愛なんかじゃない。同性である俺なんかに彼がそんな感情を抱くなんて、天地がそのままひっくり返ってしまうのと同じくらいあり得ないことだと思った。彼はきっと、どこか頭のネジが数本おかしくなってしまって、錯覚をしているだけだろう。きっと、俺以外に彼を気にかける人間が現れたら、彼はその人にも同じ感情を抱くのだろう。だから、その感情は愛じゃない。
ただ、気がついて欲しいだけなのだ。彼を気にかけていて、さらには彼の天真爛漫さにあたたかいものをもらっている人間は、ものすごくたくさんいるのだということを。だからもう一度言おう、そんなのは愛じゃない。
「ブッキー、勘違いしないで。俺はあなたのことなんて、愛してない」
「じゃあ、どうしてそんな、悲しそうな顔をするの?」
不思議そうに首を傾げて俺を見つめる彼は、やはりどこか寂しそうな瞳をしていた。その瞳が急に潤んだような気がしたのだけれど、今にも零れおちそうな涙を湛えているのは、彼の瞳ではなく自分のものだということに、一拍遅れて気が付いた。あれ、どうして俺、泣きそうなんだろう。なんだか大きな塊が胸に詰まって、こみ上げて。ねえ、どうして?
(コンナノハ恋ジャナイ、ソンナノハ愛ジャナイ)
こみ上げる思いは、まるで、「愛してほしい」って言っているようだな、と思った。
「ブッキーの思いは、所詮錯覚なんだよ」
「でも、愛なんてもの自体が、錯覚をさらにこじらせたようなものじゃないの」
そうだよ、よくわかってるじゃない。愛なんて、本当にもらいたい人からはもらえない。どんなに注いだって、返ってくる保証もない。酷く不確かなそんな思いなんて、結局全部、嘘だから。
「僕はね、レンレン。愛じゃなくても、恋じゃなくても、君を離しはしないと思うよ」
彼はそう言って、心底嬉しそうに、笑った。それは、俺が初めて見た、彼の本当に幸せそうな笑顔のように思えた。いつもの笑顔だって、懐っこそうな、人好きのする笑顔なんだけれど、それとも少し違うような。
(結局、救われたのは、俺の方なのかもしれない)
彼を気にかけることで、俺自身も、知らぬ間に救われていたんだ。それはきっと、俺たちは似ているから。
(こんなのは恋じゃない、そんなのは愛じゃない)
(でも、愛じゃなくても、恋じゃなくても、離したくはない)
* * *
たまには嶺←レンも書いてみようかなあと思ってできたもの。私の中では恋愛の形というものは大きく2つに分けられます。お互いに似ているから惹かれあう恋愛と、お互いに違うからこそ惹かれあう恋愛です。嶺レンはどっちの側面も併せ持っているのかなーなんて思いながら書きました。根本は似ているんだけど、結局恋愛するのが怖い神宮寺と、割と自分に正直な嶺ちゃんをイメージしました。
20150319
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