中距離恋愛


*付き合っているレン翔。翔ちゃんがけっこう乙女。







俺の恋人は、背が高くて、髪なんてサラサラ綺麗で輝いて見えるような橙で、正直めちゃめちゃカッコいい。俺の恋人は、はっきり言ってものすごくモテる。……俺の恋人は、基本的に俺よりも仕事を優先する。

「また仕事かコノヤロウ……」

今さっき切られたばかりの携帯を片手に、口から出るものは恋人への恨み言とか溜め息とか、そんな類のものばかりだ。思わず携帯を力いっぱい握りしめてしまい、俺の手の中でミシ、とやや危なげな歪み方をしたスマホケースに気づいて少し慌てる。だって、これはあいつが俺にプレゼントしてくれたものだから。「お揃いのものなんて恥ずかしくて持てるか!」と言った俺に、困ったように笑いながら「これならいいでしょう?」とあいつが唯一くれた色違いのスマホケース。手の中の携帯の安否を確かめようと、手の中で確認する。

俺の恋人である神宮寺レンは、モデルの仕事を中心に活動している。世間一般で言うところの芸能人と呼ばれる存在だ。最近は日本から離れて、アメリカやヨーロッパでも活躍していて、世界的にも有名だ。そういう俺自身も、芸能人と呼ばれる存在で、主にバラエティ番組なんかに出演している。「え、お笑い芸人じゃないの?」と言われて「ちげーよ、アイドルだよ!」と返すのが常になってしまっている、そんな芸風だ。(かなり不本意な状態ではある)
活躍している分野は違えど、俺もあいつも仕事が忙しいのは同じこと。頭ではわかってるつもりだ。あいつは、俺と仕事を同じ天秤ではかったりなんか絶対してないんだ。あいつにとってきっと、俺も仕事も別次元で同じように大切なものなのだ。俺だって、真剣に仕事をしてるあいつの姿に惚れた節があるから、俺のせいで仕事を疎かにすることはダメだ、って言ってやりたい。てか、そう言ってる。

でも、そう簡単に納得できないときもある。こういう風に突然会えなくなったりすると、色々ぐだぐだ考えてしまうのが俺の悪い癖なんだ。俺はもちろん、男以外の何者でもない。今まで、「女の子みたいね」とか「女装が似合う」とか散々言われて生きてきたけれど、だからって俺が女の子の代わりになれるわけではないんだ。あいつがフェミニストだってことも、誰しもが知っている事実。しかも、いつものレンに対する俺の態度はというと、ただの友だちの延長って感じだし。
だから俺じゃダメなのかもな……なんて思い出したらもう止まんないし。悪態とか強がりならいくらでも言えるのに、どうして「寂しい」の一言が言えないんだろう。「会いたい」は言えない。そんなことを言ったらあいつは確実に、海外にいたとしても仕事をほっぽり出してこっち来ちまうから。でも「寂しい」なら、それくらいならきっと言っても許されるのに。

「……っ」

なぁ、レン。俺、いつもはお前のためならいくらでも我慢できるんだけどさ。たまにはどうしようもなくお前に会いたくなるときもあるよ。
待ち合わせ場所だった空港、すみっこに隠れてしゃがみ込み、小さく泣いた。空港は自分の予定に急ぐ人たちでごった返していたから、誰も俺になんて目を向けない。こんなに弱い自分が居るなんて、お前に会うまで知らなかったよ。知らないままでいられたなら、楽だったのかもしれない。



「っ、翔!」
「は……レ、ン?」

俺はかなり長い時間そこに座り込んでいたから、そろそろ帰らないと明日仕事に行けないな、と俯きながらぼんやり考えていたところだった。聞き慣れた声で名前を呼ばれて顔をあげると、酷くあせったような顔で息を切らした恋人がいた。それは、今現在この国ではないどこかにいるはずである人物だから、俺はあまりに驚いてしまって、すぐには動けずにいた。よくわからなかったけど、気がついたら俺はレンの腕の中にいて、どんなに人でごった返している空港だからといっても、これは不味いんじゃねーかな、とかあれこれと考えていたら、自然と言葉が口をついて出てきた。

「なに、なんでだよ?お前、仕事は?」
「本当はあの電話のあと、そのまますぐイタリア行きの飛行機乗れ、ってマネージャーに言われていたんだけどね。オチビちゃん、なんか変だったから」

どうやらあの電話の時は、仕事で韓国の空港にいたらしい。

「そんなの……気のせいだろ、何でもねーよ」
「嘘、だってオチビちゃん、泣いてるでしょう」
「泣いてねーって……っ?」

いきなりギュッと強く抱き締められて、何も言えなくなった。そっと見上げたら、サングラス越しに透けて見えるレンの目が今までにないくらい真剣で、何かを言いたかったはずの俺の口からは、はくはくとただ呼吸だけしか出てこなかった。

「泣いてるよ、翔。俺の前では、強がらなくてもいいんだよ」

その瞬間、驚きによって止まってた涙がまたぶわっと込み上げてきて、俺は、初めて、本当に初めて、レンの前で声をあげて泣いた。こらえきれなくて、ここが外だってわかってたけど我慢出来なくて、今までずっとずっと溜め込んでたモノを一気に吐き出すように声を上げた。

「だって、お前のせいだろ……」
「……うん」
「俺だって仕事のことはわかってるし、お前の邪魔したくないし……」
「……うん」
「でも俺は、我儘なんだよ、お前に会いたいんだよ」
「うん」

俺の馬鹿みたいな言葉を、レンは頷きながらちゃんと聞いてくれていた。たまに強く抱き締めてくれたり、ポンポンって優しく背中を叩いてくれたりした。俺は、今レンがここに居て、こうしてくれている事がただ嬉しかった。ついさっき電話を切った直後は、次会ったらバカとかアホとかひどい事言ってやろうとか思っていたのなんかすっかり忘れて、子供になったみたいに、嗚咽をこらえながら話し続けた。ただ、もしかしたら誰かに見られているかもしれないと思って、顔はレンの胸に埋めたまま。

「不安にさせて、ごめんね」

たった一言の、なんの飾り気もない言葉だった。でも、その言葉が何故かすごくすごく嬉しくてたまらなくて、この少し不器用な言葉がとても愛しく思えたから、今なら言えるかも、甘えられるかも、って思ったんだ。

「俺さあ、本当は全然平気じゃない。レンに会えないこと」
「うん」
「でもさ、俺お前が仕事してるときが好きなんだよ」

寂しい、と言ってしまおう。言えたらきっと、これからも俺は我慢し続けられると思うから。

「だから、お前にはやっぱ仕事を優先してほしいって思うんだ。でも、俺だって、寂しい、から。それだけは忘れんな」

言い慣れない言葉は俺の口から飛び出していくことを渋るから、どうしても格好悪い途切れた言葉になってしまった。それでも、俺がそう言い切ったら、レンは、雑誌やテレビの中で見るのと同じ、こことは別のおとぎ話の世界の人みたいな、目が覚めるような笑顔で笑うんだ。その顔を、こうやって間近で見られると、それだけで「あぁ、幸せだな」って思えた。これから、きっと何度も不安になるだろうけど、きっと俺らは大丈夫。そんなこと思いながら、2人で笑った。



(寂しいも、愛のことば)



* * *
久しぶりすぎるレン翔です。最近あんまり翔受けを書いていなかったので、書こう!と思い立ち、たまには格好いい神宮寺さんと可愛い翔ちゃんを書こう、と思った結果がこれ。翔受け難しいです。読むのは大好きなんですけど、書くのが困難。
20150318
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