眠り姫は歌わない
*「眠り姫とアイのうた」と同設定なので、そちらをご覧になってからお読みください。翔→レンで翔ちゃんが報われない感じの短い話。
あいつとまったく同じように、深く吸い込まれそうな目で笑うのに、こいつはあいつじゃない。あいつとまったく同じように、薄く滑らかな唇を吊り上げて笑うのに、こいつはあいつじゃない。そのことがどうしても上手く受け止められなくて、幾度となく「何の冗談だよ」と叫びだしたくなる気持ちを無理矢理飲み込んできた。俺は他のみんなみたいに、簡単にこいつの存在を受け入れられない。だって、俺にとって神宮寺レンという存在は唯一無二のものであって、俺が認める神宮寺レンはあのやけに白くて非日常的な空間で眠りつづける人間だけなのだ。
「おはよう、翔。今日は何の仕事?」
「……おはよう。キッズファクトリーの収録」
「いいな。俺も早く生放送に出てみたい」と言うこいつは、幼子みたいに無垢であるのに、それとはまるで不釣り合いなアンニュイさを持って笑う。あいつと同じ顔をして、それなのに俺のことを「オチビちゃん」ではなく「翔」と呼ぶこいつを見ていると、心臓を素手で握りつぶされたんじゃないかってくらい苦しくなる。大げさなんかじゃなく、そう思う。あの頃は「チビって呼ぶな」なんて怒っていたんだから、本当に滑稽だ。俺は、日向先生や他の仲間たちみたく、大人になれない。レンと同じ顔で、同じ声で笑ったり、歌ったりするこいつを受け入れることが大人になるということだと言うなら、俺は子どもだと揶揄されるままでいい。
結局のところ、俺は怖いのだ。こいつの存在を受け入れて、自分でも気づかぬうちに本当のレンの代替としてしまうことが恐ろしい。そうなってしまうのではないかって思えるほど、こいつにはレンの面影がありすぎる。本物のレンが歌っているって、本物のレンが俺のことを見てくれているって、錯覚することが怖い。そうやって、規則的な呼吸でしか生きていることを確認できないあいつのことを真っ直ぐ見られなくなって、思い出したくなくなってしまうであろう自分を許せないのだ。
「翔?どうしたの、ボーッとして」
「……何でもない。お前も、仕事?」
「いや、リューヤさんの仕事を見に来たんだ」
「そっか」
今日の収録が終わったら、久しぶりにあいつに会いに行こう。美しく、穏やかに眠りつづけるあいつの顔を見て、確かに呼吸をしていることを確かめて。あの唇が俺のことを「オチビちゃん」と呼んでくれることをいつまでも俺は期待しつづけるのだ。そうだ、いつかあいつが目覚めたとき、俺がチビじゃなくなっていたら、あいつ驚くだろうな。何て言うかな。
(眠り姫、どうか目を覚まして)
(新しく鮮明な記憶を、俺に上書きして)
* * *
「眠り姫とアイのうた」と同設定です。人間のレンはリューヤさんと相思相愛だったので、完全なる翔ちゃんの片思いです。そのことも翔ちゃんはわかってて、アンドロイドのレンが日向先生のことだけをを昔のように「リューヤさん」呼びしていることの意味とかもわかってて、それでも一途にオリジナルのレンのことを思っていたらいいな、っていう話でした。
20150304
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