眠り姫とアイのうた


*神宮寺がVOCALOIDでリューヤさんがマスターっていうぶっとんだパロ。









俺は人間じゃない。それでも、俺は歌うことができる。歌うことができるから、彼の隣にいることができる。それを、俺自身はとても幸せなことだと思うし、恵まれていると感じている。それでも、時にヒトは俺の存在を哀れだと言う。「普通」じゃないと糾弾する。「普通と特別」、その言葉のもつ微妙なニュアンスが、俺には未だによくわからない。

「ねえ、リューヤさん。俺が普通じゃないのは、人間じゃないから?」
「……お前が普通なのか、そうじゃないかは、きっと誰にも決めることなんてできない」
「そうなの?」
「そうだ。でも、俺にとってレンは特別な存在だよ」

リューヤさん。俺のマスター。俺に歌を与えてくれる人。俺に仕事を与えてくれる人。俺に、生きる意味を与えてくれる人。
俺は、VOCALOIDと呼ばれる人型アンドロイドだ。シャイニング事務所の中の技術開発部とか何とかいうところで研究され、作られた機械。研究初期は、ただの音声プログラムだったようだが、どんどん開発が進み、俺のように見た目は何ら人間と変わらないアンドロイド型になったらしい。アンドロイド型のプロトタイプである俺、神宮寺レンは、事務所に所属している有名タレントの日向龍也にプロデュースされ、アイドルとして活動している。史上初のアンドロイド型アイドルとして、それなりに注目されている存在だ。
リューヤさんは、作曲家と相談を重ねながら、俺が歌うための曲を作ってくれる。そして、その曲を俺が彼のイメージ通りに歌うことができるようになるまで練習を重ねる。それが済んだら、ダンスのレッスンもして……と、俺の毎日はほとんどがリューヤさんと共にある。
そう、機械だからといって、渡された楽譜をすぐに歌うことができるわけではない。俺に搭載されている発語プログラムも、感情プログラムも、必要最低限のものでしかないから、どうやって発音すべきかとか、どういう気持ちをこめて歌うべきかだとか、そういう細かなことを、俺はすべてリューヤさんから教えてもらうのだ。俺という存在のほとんどすべてがリューヤさんによって形づくられているのに、俺とリューヤさんは全然違う個体だということが不思議でならない。

「リューヤさん、新しい曲はできた?今日は練習できる?」

リューヤさんのデスクに山というほど積まれた書類の束を見やりながら、多分に期待を込めて聞いてみる。俺とのレッスン以外にも、膨大な量の仕事を抱えている彼の机の上に、昨日まではなかった封筒が置かれていることを知っていたから、さっきからずっと気にしていた。
リューヤさんは、そんな俺の声に一瞬だけ苦い顔をしてから、無言で真新しい封筒を俺に手渡した。彼が小石でも飲み込んだような顔をするのは、俺が彼のことを「リューヤさん」と呼んでしまうからだ。彼のことは「マスター」と呼ぶように、と社長からも彼からも言われている。俺はコミュニケーション機能にその通りに入力しているはずなのに、その情報をアウトプットすると、なぜか「リューヤさん」になってしまう。そんなことはやっぱりおかしいから、バグなのではないかと、週に一度メンテナンスをしてくれるSEに伝えてみたこともあるが、複雑な顔をして首を横にふるだけだった。
封筒の中に入っていた楽譜とデータベースを取り出す。今は、俺のメモリと共有されているコンピュータの中に音楽データを読み込ませることで、曲の基盤を得ている。最終的には、曲を聴いただけ、楽譜を見ただけで、ある程度は歌える機能を開発したいらしく、実験として紙の楽譜もいっしょに渡されているのである。リューヤさんが書いてくれた歌詞を目で追いかける。

「レン、これはどんな歌だと思う?」
「これは、アイの歌?」
「そうだ。大切な人に向けて歌う歌だな」
「大切な人と、特別な人は、同じ?」

俺の問いに、リューヤさんは少し言い淀んだ。こうやって相手がすぐに答えを返してくれない時、それは相手が困っている、俺のメモリの中にはそうインプットされているけれど、必ずしもそうではないということを最近学んできた。ヒトは、とても難しい思考巡回を繰り返して、言葉を紡いだり、また、あえて紡がなかったりする。そして、もうひとつ学んだことは、そうやって相手が逡巡しているとき、俺にはただ黙って何かを待つことしかできないということだ。

「すまん。それは、わからない。きっと人によって、同じだったり、違ったりするものだと思う」

せっかく、リューヤさんが苦しみながらも紡ぎだしてくれた言葉なのに、俺はうまく理解することができなくて、悲しい気持ちになった。悲しい、という気持ちも彼が教えてくれたのだ。自分の力ではとても及ばないと感じることを、悲しいと言うのだと。心がひどく痛むことを、悲しいと言うのだと。俺は痛みを感じることはできないけれど、「『心の痛み』というのは比喩表現だから、レンも感じられるぞ」と教えてくれた。

「じゃあ、歌詞の中にある『もう目を覚まさない』っていうのは、どういうこと?これは悲しい歌?」

リューヤさんに笑ってほしかった。「悲しい」は俺でもわかるから、褒めてもらえるかもしれないと思った。大切な人が目を覚まさなくなるのは、悲しいことだということは、俺にもわかる。だって、リューヤさんが目を覚まさなくなったら、俺は悲しいから。

「いいや。これは悲しい歌なんかじゃない。神宮寺、お前のためにつくった愛の歌だよ」

褒めてはもらえなかったけど、彼が笑ってくれたことが嬉しかった。嬉しい、という気持ちも彼が教えてくれたのだ。自分の望んだ通りになることを、嬉しいと言うのだと。



(アイの歌は、優しい歌)
(大切な人に、送る歌)



* * *

妄想が止まらなくて、すごい速さで書きあげてしまった、やっちゃった感が否めないパロでした。藍ちゃんとは違って、完全にアンドロイドとして売り出してるって設定です。
あと、勝手な裏設定として、アンドロイドのレンのベースになってるのが人間の神宮寺レンって設定です。だから潜在意識として「リューヤさん」って呼んじゃうよ、的な。オリジナルのレンは事故かなんかがきっかけで植物人間状態になってます。そのことはアンドロイドのレンは知りません。リューヤさんが「レン」呼びと「神宮寺」呼びで混在しちゃってるのも、それが原因です。
……という、言われないとわからない裏設定てんこもりな話でした。書いてる本人はめちゃめちゃ楽しかったです。
20150225
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