君がほほ笑む時、いつも


*レン視点の音レン。シリアスっぽく始まって割と甘めで終わります。









俺が笑うと、イッキが辛そうな顔になる、ということに気がついたのは、つい最近のことだった。2人きりになって、特に何をするということでもないのだけれど、隣同士で肩を寄せ合っていることが堪らなく幸せで、とりとめのない話を俺に言うイッキの顔を見たら自然と笑みが零れてしまうようになった。その時に、イッキが何故か眉間に皺を寄せていることを知った。恐らくそれは無意識下の仕草で、すぐにいつもの子犬のような表情に戻るのだけれど、一度気が付いてしまったその仕草は、俺を酷く落ち着かない気分にさせた。

(これに似たカオを、俺は知っている)

それは、今は亡き父がいつも俺を見る時の表情ときわめてよく似ていた。それを恐れる心は今なお根深く俺の心中に巣食っている。思えば、俺が誰にでも笑顔を振りまくようになったのは、そういう他人の表情を見たくないという気持ちに端を発しているものだった。こちらが笑っていさえすれば、相手もそれなりに返してくれる。それは自分自身を守るための術であったし、実際に父親が亡くなってからも、俺はそうやって生きてきた。
でも、今回のことには頭を悩ませる。何しろ、笑った方が辛そうな顔をされてしまうのだ。だからって、イッキがいる時に常に神妙な顔をしているわけにもいかない。当り前のように浮かんでくるのは1つの答え。

(イッキはもう、俺の隣にいることが苦しいのかもしれない)

そういう考えが自分の中に生まれたのは、客観的に見ても至極自然なことのように思えた。そもそも、自分には「永遠」を望む心が欠如している。この世の中に在るもので、永久に続くものなどあり得ない。自然や場所も、地位や名誉も、生命や感情も、何もかもが移り変わり消滅していく。不変のものなどない。それなのに人は「永遠」を望むから、だから闇は深くなる。変わりゆくもの、終わりゆくものを追ってはいけない。

そうとわかれば、一刻も早くイッキを自分から解き放ってやりたいと思った。イッキは優しく、人を気遣うことのできる人だから、(たまに暴走するけど)きっと俺に別れの言葉を切り出せずにいるのだろう。イッキと別れることになっても、一生会えなくなるわけではない。今まで通り同じグループのメンバーの一員としてイッキをそばで支えることができるし、お互い気まずくならにように上手く振る舞うこともできると思った。そうやって取り繕う手立てなら、持ち合わせている。

(だから、何も怖くないと思った)

「もう別れよう。その方が必ずお互いのためになるよ」
「……ちょっと待って。意味わかんない。何言ってんの?レン」

別れの言葉はオブラートに包んでしまっては届かないことが容易に想像できたから、言葉はストレートに。何となく、俺がこう切り出したらイッキはホッとしたような表情をするんじゃないかな、と思っていたから、彼が俄かに慌てだしたことには正直少し驚いた。本当は綺麗な切り口になるようにスマートに終わらせるつもりだったのだけれど、イッキがあまりにも執拗に理由を問うものだから、何となくはぐらかすことができなくなって、正直な理由を述べてしまった。2人で過ごしてきた時間のなかで、彼には出来るだけ自分の本心を嘘偽りなく口にしようと努めてきた癖が、思っていたよりも身に染みついてしまっていたのかもしれない。

「だって、イッキは、最近俺が笑うと辛そうなカオをするだろう?」

そう俺が告げると、ポカン、という表現が一番似合うような顔でイッキが口を開けて固まったから、こっちまでどうしたらいいかわからなくなってしまった。そしてその数秒後に、今までの殺伐たる空気は何だったのかと誰かに問うてみたくなるほど可笑しそうにイッキが笑いだしたものだから、尚更どう反応を返したらよいのかもわからない。こういう時こそ得意の愛想笑いで切り抜けたいところだったが、そんな笑いで済ませられるような類の話でもない。

「じゃあレンはさ、俺のこと嫌いになったわけじゃないんだよね?」
「……」
「……ね?」

小首を傾げて俺の顔を覗き込み、眉を下げてそう尋ねるイッキに、否応なしに肯いてしまった自分がいた。

「あのね、レン。俺、最近レンの笑った顔を見るとさ、何だか胸がぎゅーって苦しくなるんだ」

それは、俺と共に過ごすことが辛くなったということではないのかと問うと、イッキは頑なに首を横に振った。彼が首を動かすたびにパサパサと遊ぶ真っ赤な髪を目で追う。俺は、その髪が見た目通りにほんのりとあたたかな熱をもっていることを知っている。彼の髪は、人に生命力を感じさせるものなのだ。

「苦しいけど、でもすっごく幸せなことなんだよ。愛しいは苦しいに少し似てるんだって、俺、レンのおかげで初めて気付いたんだ」

俺を見つめて屈託なく笑うイッキを見る。俺は苦しいという感情には生憎慣れすぎてしまっているから、愛しいは苦しいに似ている、なんて今まで気づかずにいたのかもしれない。

「だからさ……お願いだから、俺と別れるなんて簡単に言わないで。ホントびっくりした。冗談じゃなく、心臓止まるかと思ったよー……」

脱力したように、俺の胸のあたりにイッキが頭を預けてくる。もしイッキと別れてしまったら、今はすぐ近くにあるこのあたたかい髪も、簡単に触れることができなくなるのだと思うと、初めてイッキと距離を置くことが苦しいと思えた。なるほど、この苦しいも、実は愛しいなのかもしれないとぼんやりと考えた。

その後しばらくして、イッキが個人名義でリリースした曲のワンフレーズが、俺にとっては何物にも代えられない価値あるものになった。そう、やっぱり愛しいは苦しいに少し似ている。



(君がほほ笑む時、いつも泣きたいくらいに、今日という瞬間が愛おしくなる)



* * *

新年くらい甘い話を書こう第2段。驚くほど安産でするするっと書けた音レンでした。最後のフレーズは大好きな某ゲームの曲からいただきました。やっぱり暖色組大好きです。
20150108
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