忘れられない味2


*忘れられない味の続きで、カミュ視点。一応ハッピーエンドっぽい。










いつだって、他人に興味が持てずにいた。自分について知ってほしいと望んだこともないし、他人のことをもっと知りたいと思ったこともない。そんな自分を指して「冷たい人」と評されることももちろんあったが、そのことを不快に思ったこともない。いつも思うのだが、「冷たい」だとか、「あたたかい」だとか、そういうものに明確な基準などないというのに、愚かな人間はいつでも自分の普通を基準として、勝手に当たり前を口にする。そのことが自分には理解できなかったし、理解しようと思うこともなかった。自分は自分の考えで生きる、それでいい。何かを他人に求める必要などない。

そう思っていた。母国にいた時も、この国に来てからも、変わらない。俺が優しさを滲み出すのは、ビジネスの時だけだ。それも変わらない。ずっと、変わらない。(それなのに)

(バロン、これもらってくれるかい?)
(……チョコレートか)
(そう。差し入れでよくもらうんだけど、苦手なんだ)

大勢いる事務所の後輩のうちの一人だと思っていた。いつも、無理矢理貼り付けたような笑顔で他人と接する男。初めは自分と似ているのかもしれないと思ったが、すぐにその思考は誤っていたことに気が付いた。あいつは、全ての人間に笑顔を振りまく。仕事で関わる人間だけではなく、知り合いにも、道行く見知らぬ人間にまで。きっと、酷く難儀な何かを抱えているのだろうと思う。そうでなければ、あんな疲弊しそうな所業を行うはずがない。それだけだった。興味関心などない。強いてあいつへ向ける感情をあげるとするならば、それは憐憫の情だ。あくまで、強いてあげるなら、であるが。

ただそれだけの存在であったあいつが、やはりどうしようもない何かに苛まれていることを知ったのは、いつかのロケの時。悪い夢にうなされるあいつに施しを与えた理由は、哀れみの気持ちよりも、煩わしいから大人しくしてほしいという思いの方が大きかった。たった、それだけのことだった。
あいつのことがもっと煩わしくなってしまったのは、それからだ。あいつの態度は今までと何も変わりはしないのに、なぜか気持ちがざわつく。それは、凪いだ風が、一瞬だけ心を波立たせるような。如何ともしがたい気持ち。

(……神宮寺)
(ん?)
(……悪かった)

どうしようもないざわつきをあいつ自身にぶつけてしまった。それも、口づけなどというよくわからない方法で。そのことに、滅多に感じることのない罪悪感という類の感情に襲われて、咄嗟に口をついたのはまるで自分らしくない謝罪の言葉。

何も変わらないはずだった。自分は自分、他人など求めない。もしかしたら俺は、変わらないことに安堵して、名前だけの冷水に浸かっていただけなのかもしれない、と思い当たる。なぜなら、今こんなにも、何も変わらないあいつが腹立たしいからだ。

それからしばらくの間、神宮寺とは顔を合わせることのない日々がつづいた。どうしようもない罪の意識は往々にして頭の片隅に鎮座していたが、だからといって意図してあいつを避けていたわけではない。もしかすると、こうして一人の人間に執心することが今までなかったから、短い時間すら長く感じてしまっているのかもしれない。それでも、いつか邂逅のときはやって来るものだ。曲がりなりにも同じ事務所の寮に住んでいるのだから、それはそんなに珍しいことでもない。とにかく、神宮寺と寮の前で出会ったのは、もう夜も相当に更けた時分のことだった。

「……久しぶり、バロン」

まず、神宮寺も自分と同じように会えない時間を久しく感じていたことに言い知れぬ思いを覚える。そしてすぐに、あんな出来事があった後だというのに少しも笑顔をくずさない神宮寺に苛立ちすら感じる自分がいる。

「お前は、どうして笑っていられる?」

誰かを自分の思い通りに動かしたいと初めて感じていた。それが人を好きになるということだとは、その時の自分は認めていなかった。認めていなくても、言葉はただ自分の口から零れおちた。まるで、自分が自分ではない何か他の生き物にでもなってしまったような心地だった。

「何のこと?」
「あんなことがあっても、それでもお前はどうして笑っていられるのだと聞いている」

垂れ目気味な神宮寺の目がわかりやすく見開かれるのが見えた。その目には、困惑と驚きと、何かはわからない別のものと、そんな様々なものが浮かんでいるようだった。

「だって、バロンがあの時、謝ったから」
「俺が謝ったから?」
「そう、何もなかった振りをした方がいいのかな、って思ったんだ」

ひとつひとつ、噛みしめるように言葉を紡ぐ神宮寺は、ひどく不自然なようでいて、いつもと同じ当り前な存在のようにも見えた。喩えるならば、煙草の灰が崩れずにそのままの形で灰皿へと落ちていく様を見ているような。

「バロンは、俺のことが好きでキスをしたわけじゃないだろう?」

逆に心が騒がしくなるくらいの穏やかな笑みを浮かべて、そう告げるこいつを黙らせるかのように、俺は神宮寺の唇をふさいだ。それは、一度目よりももっと滑稽で、それでいて攻撃的なキスだった。それでも、俺自身には今度のキスには不可解でない、明確な理由を持ち合わせていた。神宮寺の薄く形の良い唇が強張り、そして俺の唇に噛みつこうとして逡巡したことまでが伝わってきた。

「……何……なんで、?」
「そうだな。……して欲しそうに見えた」

その俺自身のはっきりとした理由を聞き、神宮寺の体中を巡る血液が一瞬で沸騰したことが想像できた。そして、そのことに安堵する自分が中心に存在する。非常に奇妙な感覚だった。

「お前が俺のことを見ているのには気付いていた」
「そう。……それはどうも、すいませんでした」

泣き出しそうな顔と、笑っている顔の区別が、もはやつかないなとぼんやりと思う。唇の端は震えているようにも見えるし、そうでないようにも見える。いつだって仮面を被っているような笑顔だから、肝心なところがわからないのだ。もっと追い込みたいと思った。その笑顔が泣き顔に変わるくらいにまでも。

「どうして、笑っていられる?」

俺のことが気になるくせに、という絶対的な響きを含ませた言葉は、きっと神宮寺の肩に重く落ちただろう。

「……あなたにとって、俺はガラクタでいいと思った。だって、本当に欲しいものは手に入らないんだって、俺は知っているから」

神宮寺の言葉が終わると、今度はゆっくりと口づけた。一度目のキスは甘かった。二度目のキスは道化的だった。三度目のキスは、自分でも呆れるほど穏やかなものだった。少し塩辛い味がしたような気がしたが、神宮寺は涙を流してなどいなかったし、恐らく気のせいだろうと思った。

「じゃあ、俺もお前にとってガラクタでいるよう努めよう」
「えっ、それは少し違うような」

焦ったように言う神宮寺が、慌てて右のポケットから出したのは、小さな包み紙。大きいが、細くしなやかな女性的な手が、それを摘まんで、目の前に掲げる。微かに、チョコレートの香気が立つ。

「俺にとってのバロンはね、忘れられない味かな。甘いやつ」

そう言ってはにかむ神宮寺は、いつもと違う笑顔だったことが何よりも心に残った。それでも、俺という人間の本質はやはり何も変わらないのだろうと思った。自分は自分、他人など求めない。



(傍に置くのは、どうでもいいガラクタひとつ)
(俺を忘れられないという、物好きなガラクタひとつ)



* * *
今回はカミュに「好き」とか「恋」とか「愛」とかそういう言葉を一切使わせずに書く、というのが目標でした。そのため、よくわからない話になりました←
要は、カミュはレンのことを好きって自覚してないけど、それは実は恋なのよ〜、いい感じになってキャッキャウフフ、みたいのを目指して撃沈しました。
カミュレンは大好きだけど、本当に難しいっす。難産でした。でもラブラブなカミュレンも書いてみたい願望はあるよ!
20141216


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