Goldfish


*10万打リクエストのマサレン。付き合う前です。










長く憂鬱な梅雨が明け、木々が弾けるように緑を散らす夏。暑いのはあまり得意ではないが、やはりじとりと肌にまとわりつくあの湿気から少しでも解放されたという喜びは大きい。

「夏祭りに行こう!」

お祭りごとが大好きで、仲間に声をかけるような人物。何人かが思い浮かぶが、今回言いだしたのが誰だったのかは、今となってはわからなくなってしまった。
確実に言えることは、どうしても外すことのできない用事があるという一ノ瀬を除く、一十木、四ノ宮、来栖、神宮寺と共に夏祭りを訪れていること。そして、神宮寺以外の3人が、祭りの喧騒に紛れてどこかに行ってしまったこと。必然的に、俺は神宮寺と2人きりで夏祭りを楽しむ羽目になってしまった、ということである。

「……何が悲しくて、お前と二人で歩かなきゃならないんだか」
「その言葉、悪いが、そのまま返させてもらおう」

もとより夏祭りに来ることには、気乗りしていなかった。人生で一度も訪れたことのない夏祭りというものに、興味がなかったかといえば嘘になるが、その「初めて」はもっと違った形で迎えてみたいという淡い思いがあったのかもしれない。それが、どうしてこんなことになってしまったのだろう。小さい嘆息をもらしてから、この人ごみを歩いていても決して見失うことはないだろうと思える人物を横目で見やる。
神宮寺は、何もかもが自分とは対極に位置している存在だと思う。外見だとか、考え方だとか、挙句の果てには小さな趣味嗜好の一つにいたるまで、自分とは真逆のものをもつ男。それ故、諍いは絶えない。「昔はもっと素直で可愛かったのに」とは神宮寺が俺より年上であることを笠に着てよく言う言葉だが、幼い頃は、自分と違う存在を素晴らしいものと思えた。自分にないものをたくさん持っている存在は格好いい、そう思えていたあの頃。早乙女学園に入学して久しぶりに再会した時には、もう神宮寺の存在は、自分とは違いすぎて理解できない、相容れない存在になっていた。大人になるとはそういうことなのかもしれない。自分と違うものは、受け入れたくない。なぜなら、何を考えているのかを想像することができないという恐怖があるからだ。

『マサのレンに対する気持ちってさ、嫌いとはちょっと違うんじゃない?』

そう一十木に言われたのはつい最近のことだ。

『だってさ、普通ほんとに嫌いな人とはなるべく会話しないようにするでしょ』

嫌いとは違う、と言われても、じゃあこの神宮寺に対する胸がムカつくようなこの気持ちは何だと言うのだろう。奴の一挙手一投足がこれほどまでに気になってしまうのは、行動も言動もすべてが気に入らないからに他ならない。これを嫌いと言わずして何というのだろう。今、隣を歩く神宮寺は何を思って俺と歩調を合わせているのだろう。笑っていなくとも、目だけ見れば笑っているように見えるたれ目をまたそっと見る。どうしてこんなに気になってしまうのだろう。先ほどよりも長い溜息をついて、神宮寺の視線の先を追った。見つめる先には、目にまぶしい赤。

「……金魚すくい、というやつか」
「え?……ああ、祭りといったらやっぱりあれが定番なのかなと思って」
「そうかもしれないな。俺もよく目にしたことがある」

もしかしたら、神宮寺もこのような夏祭りにはあまり馴染みがないのかもしれない。熱心に金魚すくいの様子を見つめている神宮寺に、自分の方が祭りの知識に長けているのだと思わせたい――そんな思いが頭を巡った。どこで聞いたかは忘れてしまったうんちくが、深く考えもせずに口をつく。

「金魚すくいに使われている金魚は、店では売り物にならない規格外のものが使われているらしい。病気をもっていたり、弱っていたりするものもいるそうだから、とっても他の金魚とはいっしょにしない方がいいという話を聞いたことがある」

何ともなしに言葉をついて、また何ともなしに隣で立ち止まる神宮寺を見た。その時のこいつの横顔で、くだらない知識をひけらかした浅ましい自分を恥じることになるとは、少しも思わずに。金魚鉢よりは何倍も広いであろう水槽の中を、異様に黄色い電球の光に照らされて逃げ出すように縁へと群がる小赤を眺めながら、神宮寺は酷く痛ましい顔をしていた。印象的なたれ目が決して笑っているようには見えないのは、ぎゅっと寄せられた眉根が苦しそうだからだ。神宮寺が時たま見せる、傷つけられたような表情。

「……一生懸命なんだけどね、認めてほしくて」

ふと神宮寺が呟いた言葉が、横顔よりももっと痛く俺を刺した。そして、自らの驕りを恥じた。それと同時に、いつもいけ好かない笑みを浮かべる神宮寺が、恐らく自分にだけ見せるのだろうこの柔らかさを、どうすれば受け止めてやれるのかと考えた。答えなどわからない。そもそもが気位の高いこいつのことだ、己の弱さを俺が気付いているという事実さえも嫌うのかもしれない。それならば、俺ができることなど決まっているのだ。

「つれて帰ろう」
「……は?」

俺ができることは、何事もなかったかのように、いつものように振る舞うこと。それだけなのだ。

「小赤を一匹と……黒い出目金を一匹。いや、あの尾ひれが長いのもいいかもしれん。何という種類なんだろうな」
「いや、そうじゃなくて。言ってることが無茶苦茶だろう?さっきは良くない金魚だって言ってたじゃないか」

生きていること、頑張っていることが「良くない」ことだなんて、そんなことは絶対にないのだ。すべてを救えないのであれば、一部だけを救うのはただの偽善なのかもしれない。でも、それでもかまわない。今は救えなくとも、いつか必ず救ってみせる。本当に救いたいただ一人だけを。

「そうか、お前はすくえる自信がないんだな、神宮寺。ならばそこで指を咥えて見ているといい」
「……誰もそんなことは言ってないだろう。少なくともお前よりはできる自信があるね」
「では勝負だ、神宮寺!」
「ああ、望むところさ!」

激論を交わし合う俺たちは知る由もないのだが、人ごみの向こうでこちらを見ている人影が三つ。それはさながら、大中小と順序よく並んだマトリョシカ人形のよう。

「楽しそうですねえ、真斗くんとレンくん」
「ま、嫌い嫌いも好きのうちってやつだよねー、やっぱり」
「言えてる。とりあえず合流しようぜ」



(嫌いではない。好きでもない)
(不器用なこいつを救いたい。ただ、それだけなんだ)



* * *

私が書くマサレンは、聖川があまり恋心を自覚してくれないので困ります。でも、周りからすれば明らかに恋してるなって感じなのに進展しないマサレンが可愛くて好きです。ケンカップル万歳。
青さま、リクエストありがとうございました!ご自由にお持ち帰りください。
20140731
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