しなやかな祈り
*10万打リクエストの翔レン。バレー部パロです。
あれほど美しく、しなやかに跳ぶ生き物を、俺はお前以外知らない。
それほど美しく跳べるのに、何も映さない哀しい目をするお前に気がついているのは、俺しかいないのかもしれない。
体育館の磨き上げられた床を、使い慣れたシューズが踏みしめるキュッという音が好きだった。完全な球体をあらわすボールが、叩きつけられた力によって歪み、不完全なものに見える瞬間も好きだった。バレーボールは、俺をいつだって胸躍るような心地にさせるスポーツだ。今までも、きっとこれからも。
父親の影響で、幼い頃からバレーという競技に魅せられていた。懸命に食らいついてひとつのボールを追い続ける選手の目とか、身体全体がバネにでもなったかのようにスパイクをうつ様子とか、バレーには俺の「かっこいい」がふんだんにつまっていたのだった。
幼いある日に見た春高バレーで、目を奪われた選手がいた。テレビ画面に映る他のどの選手よりも鋭く、真剣な眼差しをしたその選手に憧れた。彼が教師となってバレー部の指導をしていることを知ったのが2年前。目標とした日向龍也の所属する高校に入学できたことが心の底から嬉しく、幸せだった。その高校のバレー部はほとんど無名ではあったけれど、無名のチームを躍進させてみたいという、多大に少年マンガに影響された変な向上心もあった。
そこで俺が所属することになったバレー部は、6人ギリギリのメンバーで、ともすれば廃部寸前の、チームだなんて口が裂けても言えないような全員バラバラの集団だった。
練習日。集合時間の30分前にもかかわらず、必ずすでに準備を始めている二人がいる。神経質そうに丁寧に指にテーピングを巻いている2年生でセッターの一ノ瀬トキヤ。真面目然とした様子で柔軟に勤しむ、同じく2年生でアタッカーの聖川真斗。この2人とは、練習以外であまり話をしたことがないが、練習の様子を見ていればバレーに真摯に取り組んでいることがすぐにわかる。あまり詳しくは知らないが、中学時代はそれなりの強豪校でプレイしていたようで、いつも同じプレイスタイルを貫いているから信頼できる。
集合時間のギリギリになって、慌ただしく駆け込んでくるのは、俺と同じ1年生の一十木音也。同じ学年ということもあるし、趣味嗜好が似ていることもあって、一番仲が良い。部活以外でもいつもいっしょに行動している。こいつはもう全身でバレーが楽しい!って表現しているような溌剌としたプレイをするから見ていて気持ちが良い。ポジションはセンターなのだが、すぐに本能で動いてしまうからトキヤによく叱られている。それから、時間ギリギリのくせして悠々と歩いて登場するというけしからん奴が四ノ宮那月だ。それでいて唯一の3年生でうちの部のキャプテンなのだから驚きである。いつもポヤポヤと頭にちょうちょを飛ばしているような奴だけど、センタープレイヤーとしての能力は目を瞠るものがある。ブロックをさせたら彼の右に出るものはいない。普段はこんなんでも、試合の中では立派にみんなを引っ張っているからついていこうという気になる。
「あれ。レン君はどこですか?」
「えっ、那月も何も聞いてないの?」
仮にも3年生に向かって、1年生の音也がこんなタメ口をきくなんて、周りからは奇異な部活に見られるだろうな、とぼんやり思う。でも、キャプテンである那月がそれを望んだのだから、気にすることではないのかもしれない。
「何も連絡がないのは心配ですね」
「放っておけ。どうせそこらで遊び呆けているのだろう」
結局、その日の練習にもう一人のメンバーが現れることはなく、それでも練習は何の滞りもなく進んでいった。彼が練習に現れないのは、そう珍しいことではないからだ。ただ、俺にとってその日の練習は、色を失った酷く味気ないものになる。そう、彼の存在は俺にとって、鮮やかな色彩そのものなのだ。
「……おはよう、オチビちゃん。今日は練習オフだよ?間違えちゃった?」
「その言葉、そっくりそのままお前に返すぜ。てかチビって言うな」
彼は、練習がない日の方が体育館に現れる。そのことを知っているのは俺だけだろうと思う。神宮寺レン。うちの部のエースは、自分がエースであることを認めない。それでいて、こうやって跳ぶことに飢えたような顔をして体育館にやってくる。その渇望を正面から受け止めたくて、俺も体育館に訪れる。約束なんてしていない。それでも、示し合わせたように同じ時に出会うのだから、彼も自分と同じようにバレーに少なからず情熱をもっていることは確信している。
「受けてもいい?」
「どうぞ」
彼の手からボールが離れる瞬間の目を、ネットを挟んだこちら側から見ているだけで、気分が高揚する。ボールがゆるく回転しながら宙に上がることよりも、彼の長い足が床を蹴って、三日月のように綺麗な弧を描くことから目を離せなくなる。誰よりも綺麗なジャンプサーブだ。そう思った瞬間に俺に向かってくるボールは、速くて重い分だけ、受けるとまた気持ちが高まる。俺が受けたボールは、ネットの近くに高く上がった。
「残念。どうしてオチビちゃんには俺の狙ってるところがわかっちゃうんだろうね」
「おい、専門職を舐めてもらっちゃ困る」
「そうだったね。『チームの誰もとれないボールでも、俺だけはとれなくちゃいけない』……でしょ?」
本当はアタッカーになりたかった。周りの誰よりも高く跳んで、ボールを鋭い角度から相手コートに叩き込む。通用したのは小学生までだった。理由はもう幾度も幾度も頭の中で反駁しつづけてきたから、もうあまり考えたくはない。リベロへ転身するという決断と練習をサポートしてくれた中学時代の監督には今でも頭が上がらない。アタッカーじゃなくたってバレーはできる。俺には俺の役割がある。そう割り切って入部したこの場所で、俺はレンに出会った。
「よし、休憩。やっぱりオチビちゃんとやると頑張りすぎちゃうね」
「普段からやってないからだろ」
「相変わらず厳しいんだから」
彼に、練習に来ることを強要したことは一度もない。これだけの才能をもっているのに、バレーに真剣に向き合わないレンに腹を立てたことはもちろんある。いくら人数がギリギリだからといって、碌に練習に参加しない人間をエースとして試合に出すことにも抵抗はあった。でも、俺は彼の抱える何かに気が付いてしまった。それは、苛立ちながらも俺が他の誰よりも彼のことを見ていたから。俺だけが、レンの内側に少しだけ触れているから。
「……どうして?」
「は?」
壁にもたれてタオルで汗を拭うレンの顔は見えない。
「どうしてオチビちゃんは、練習に来いって俺に言わないのかと思って」
タオルは相変わらず、レンの顔を俺から隠している。それが故意であることは何となく感じられた。彼が今どんな顔をしているのかを想像すると、息が詰まった。きっとあの時と同じ顔をしているんだろう。試合の中で、彼がふとした瞬間に見せる顔。何かをあきらめた、でもそれに苦しんでいる顔。他の誰も気づかない。でも、俺だけが知っている顔。
「好きだから」
変われ、と願った。タオルに守られたその顔が、俺の言葉で少しでも和らぐことを心の底から願った。
「俺と2人でバレーしている時のレンが、いちばん好きだから」
これは恋なのだろうと思う。もしそうでなかったとしても、極めて恋に近い何かだ。これほどまでに一人の人間に心を奪われたことなどなかった。知りたいと渇望したこともなかった。「好きだから」の一言で終われなかったのは、俺の弱さだけど。でも今はこれでいい。俺がレンを変えたい。時間がかかってもかまわない。だって彼には、俺の憧れがつまっているのだから。
「ねえオチビちゃん、トスあげれる?」
「……トキヤほど上手くなくてもいいなら、喜んで」
やっぱり綺麗だ。顔をあげたレンを見て、素直にそう思った。バレーをしていなくても、レンは美しい。
「俺もね、バレーと同じくらい、オチビちゃんのこと好きだよ」
この好きが、いつか違う好きに変わったらいいと思う。でも、レンがチームの中で、本当に輝ける日がそれより先に来るといい。
この学校に来て良かった。俺の視界に色をつける、彼に出会えたから。
(こんなに美しく、しなやかに跳ぶ生き物を、やっぱり俺はお前以外知らない。)
* * *
バレー部パロでした。色々書きたいことが多すぎてこんな有様に。書ききれませんでしたが、神宮寺はなっちゃんと同じ年だけど2年生という設定です。まあ彼には色々あったということで。
翔レンのその後のもちろん書きたいですが、神宮寺と聖川のダブルエースの話とか、トキヤが神宮寺を意外と信頼してる話とか、他のメンバーとの話もおいしいなあと思ってます。
白和さま、リクエストありがとうございました!ご自由にお持ち帰りください。
20140715
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