no reason


*龍←レンからの龍レン。シリアスっぽいです。










「好き。大好き。だからいい加減俺と付き合おうよ」
「何度も言うが、俺は男で、お前も男だ」
「何の問題もないよ。俺はリューヤさんのことが好きだけど、別に結婚したいわけではないし」

話にならない。いや、会話は成立しているのだけれど、こちらの言わんとすることがちっとも向こうに伝わらないものだから、ほとほと困り果てているのだ。俺の生徒で、事務所の後輩でもある神宮寺レンは、頭がいい。もっともそれは秀才という意味ではないのだが。聡い人間、とでも言うのが適切であろうか。要領が良く、他人の感情の機微をよく理解し、場の空気を読める。でも、そんな人間が何故か俺の前でだけは限りなく幼く、愚直になることが未だに信じ難い。もっと言えば、こいつが俺のことを好きだとか何とか言うことも信じ難い。
「リューヤさんはね、俺の初恋なんだよ」と、こいつは言う。見つめられると男でも思わずドキリとするような艶やかさをもちながら、初めての喜びに打ち震える少女の如き様相を併せ持つこいつは、本当に性質が悪い。どうしたって、胸が揺さぶられるから。どうしたって、気になってしまうから。世の中の常識を引っ張り出して抗い続ける自分が、一番間違っているんじゃないかと思わせられるから。

「何度も言うが、申し訳ないけど俺はお前のことは好きじゃない」
「じゃあ好きになればいいよ」

この押し問答は一体何度目になるだろう。こいつはいとも簡単に、「好きになればいい」と気に入りの小唄を口ずさむかのように告げる。そのたびに、俺は困惑する。言葉が通じない動物の群れに1人放り投げられたような錯覚に陥る。それは、人を好きになるということは、そんなに易しいことじゃないだろう。眉間に皺を寄せて黙り込む俺をのぞき込む神宮寺は、いつだってその後すぐに寂しそうな顔をして去っていく。でも、今日は違った。それは、言葉で言い表すことのできない表情。強いて言うならば、こいつのニュートラルに近い顔。

「あのね、現実ってリューヤさんが思っているよりも、もっとずっと適当なんだと思う」
「……何が言いたい?」

次の瞬間、視界も呼吸も奪われて、俺は神宮寺に唇をふさがれていることを悟った。言葉の続きをうながしてキスをされる羽目になるとは思ってもいなかったから、ひどく驚いてしまって、抵抗も何もすることができなかった。こんなことをこいつにされたのは初めてで、上手く出来事が脳まで伝達されない。ヒトの身体は、いざという時に限ってポンコツになる。

「心が変わるのに、理由なんてなくてもいいんだよ。感情は複雑すぎて、全部の辻褄なんて合うわけがないんだから」

神宮寺の過去はある程度は知っていた。本人がその一端を紐解いてくれたこともあったが、ほとんどは学園の資料で知った。過去の芸歴や単なる家族構成だけでなく、家族や身近な人間のことまで細部にわたって記録してある資料を初めて見た時は、ただ単純に驚いたものだ。アイドルはイメージ商売、いつだってそんな言葉が頭を過ぎる。
人の気持ちは複雑で、辻褄なんて合わないと言い張るこいつは、今まで人の感情についてどれだけ理不尽な思いをしてきたのだろう。それを考えると、急に胃のあたりが重たくなるような心地がした。神宮寺は辻褄など合うはずがないことを身をもって知っている。例えば、自分が5人を愛せば、同じように5人から愛されるかというと、決してそうはならない。感情は無責任でいい。だから理由なんていらない。

「でも、その理論でいくと、辻褄が合わないんだから、両思いになることもすごく難しいってことになっちゃうんだよね」

「理論が破綻しちゃった」と言って、首を竦める神宮寺は、何もかもを諦めてしまった人間だった。その瞬間、俺は神宮寺に手を伸ばしかけていた。空を彷徨った手は、途中で何処へ向かおうとしていたのかわからなくなった。その手をじっと見つめる神宮寺の目に吸い込まれるように、無骨な俺の指は目の前の存在の中で一際輝きを放つ橙の髪を一房すくいあげた。艶やかで美しいそれは、俺の乾燥しがちな指に少しも引っかかることのないまま、さらりと重力に従順に落ちていく。それが何故か切なくて、どうしてももっと確かなものをかき抱きたくなって、今度は直線的な軌跡をもって俺の手は神宮寺を収めていた。
いつか愛されるはずと、机上の空論を組み立てては、何度も何度もそれを壊されながら生きてきた神宮寺は、理由などなくたって俺に愛されなければならない。



(好きだと思う。理由なんてないけれど)



* * *

リューヤさんの理性的なところが好きですが、その鉄壁の理性を神宮寺に崩壊させられるところの方がもっと好きです。
20140321
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