泣いてたら優しくしてあげるよ?
*嶺→レンのはずなんですが、甘さが一欠片もないのでご注意ください。
「君は面倒見がいい。いい先輩になれる」
芸能関係者からは、よくそう評価される。社長から、マスターコースで後輩の指導を、と頼まれたときも、そういう自分の適性を見込まれてのことなのだろうと思った。(まあ、他に選ばれたメンバーを知って、それは違ったかとも思ったのだが)指導を頼まれたことは、特に苦には思わなかった。自分も同じように指導してもらって成長したという自覚と、事務所への感謝はもちろんあったし、後輩がポカをやらかせば同じ事務所として無関係を決め込むわけにもいかなくなる。はっきり言って、思いやり半分、打算半分というところだった。
直属の後輩となった二人は、かわいい子たちだった。おとやんは、僕のノリに思い切り乗っかってきてくれるいい子だし、あの純真さはTPOさえ弁えておけば大きな武器になる。トッキーは、この世界の常識はほとんどわかっているからそこまで手がかからないし、堅すぎる頭にたまにグリグリ刺激を与えてやれば万事上手くいく。アンバランスな二人だけど、けっこういいコンビだ。
でも、実を言うと他にもっと、「気になる」後輩がいる。「気になる」は、限りなく「気にくわない」に近い。おとやんとトッキーの同期だという彼は、神宮寺レンという。神宮寺財閥の三男坊で、ランランとは面識があったらしい。
何が「気になる」のか。自分でも明確な理由はなくてモヤモヤするのだが、恐らくはあの「態度」。別段先輩に対して礼儀を知らないというわけではない。おとやんほどの人懐っこさはないにしても、現場でのコミュニケーションは問題なくとれている。同室で、本人たちは不本意そうだがよくいっしょに仕事をしているひじりんが礼儀正しすぎるから、少し損をしているところもあるかもしれない。だが、それにしても何というか、そう、一言でいうなれば彼はあまりに「飄々としている」。でも、悪いことではない。現場でわからないことがあれば、必ず誰かに質問しているし、知ったようなふりをしてミスをするわけではない。仕事中に彼に迷惑をかけられたことなど一度もない。それなのに、何故か腹の奥底がむず痒くて、「気になる」。やっぱり、この「気になる」は「気にくわない」に限りなく近い。
彼とは、本能的に合わない、ということなのだろうか。もちろん自分だって生きた人間であるから、気が合わない人間は今まで何人もいた。そういう人間とはできるだけ関わらないように、波風を立てないようにうまくやってきた。でも、それなりに接してみてから合わないと感じるのではなく、見ているだけでこんな気持ちになったような人間は今までいなかった。
彼は、神宮寺レンは、僕のこれまでを真新しく塗り替えようとしている。寿嶺二を侵略しようとしている。そんな馬鹿みたいな想像が頭を巡って、考えるのをやめたくなったが、彼はどうしても僕の思考を占拠したがった。
「うるせぇ、ついてくんな。お前らに教えることなんて何一つねぇ」
テレビ局の廊下なんていう、多くの人間の目がある場所で、あんなに感情を露わにして後輩を指導する人はそうそういない。聞き慣れた声は、やはりランランのものであった。罵声を浴びせられ、そのまま置き去りにされている姿勢のいい背中は、神宮寺レン。一拍の間を置いてこちらを振り返った彼は、僕を見つけると、いつもの「気になる」表情をしてみせた。
「こんにちは、ブッキー。……じゃなくて、お疲れ様です、かな?」
「………お疲れ、レンレン。僕も仕事が終わったところだよん」
心臓をゆるく握られたような、そんな奇妙な感覚に陥る。吐き気がする方の「むかつく」と腹が立つ方の「むかつく」のちょうど中間ほどのような心地だ。
その時、このよくわからない感情の理由に思い至った。他人に怒鳴られる場面を人に見られていたにもかかわらず、彼はまるで何事もなかったかのような態度をとる。辛いとか、やりきれないとか、どんなに気をつけていても誰もが少しは零してしまう表情を、彼はまったく垣間見せないのだ。浮かべているのはいつも、一ミリの隙もない鉄の笑顔。
彼が、マスターコースに入ってから、先輩であるランランとまったく上手くいっていないことは知っていた。いくら頑張っても、認めてもらえていないらしい。辛いはずだ。焦っているはずだ。それなのに、何ともないようなフリして笑うから、自分一人で何とかしてみせるとでもいうように笑うから。だからこんなに「気になる」のだ。ねえ、レンレン。この世界、一人きりで渡っていけるなんて思わないほうがいい。助けてあげるって、そう言ってあげればいいのかもしれないけれど、僕はそんなに優しくない。
「泣いてたら、優しくしてあげるのに」
「え?」
「何でもないよ。じゃあね」
(君が泣くのを待っている、なんて)
(そんな不思議な自分はまだ認めたくない)
* * *
まるで甘さがなくて自分でも驚きましたが、嶺レンの始まりはこんな感じだったらいいなぁという願望です。マイナスからのスタートだといいな、とか。
タイトルは「確かに恋だった」様からお借りしました。
20140212
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