破潰


*音レンで、ヤンデレ音也。まったく救いようのない話なので、ご注意ください。










本当は守りたかった。自身満々に見えて、実は臆病な君を。愛に溢れているように見えて、実は愛を知らない君を。誰よりも優しく、ずっと隣にいて、慈しむように守りたかった。それができなかったのはきっと、俺も人の上手な愛し方を知らなかったからだ。でも、愛しすぎたら壊れてしまうよ、なんて、誰も教えてくれなかった。

「レン?ただいま。良い子で待ってた?」
「……」
「そっか。寂しい思いさせてごめんね」
「……」
「うん。俺もおなかへったから、ごはんにしよう」

レンは、しゃべらなくなってしまった。もっというと、笑うこともなくなってしまった。もう、この形のいい唇は俺の名前を呼ばないし、綺麗な弧を描いて微笑むこともない。心底美味しそうに、楽しそうにものを食べることもなくなってしまった。レンの好きなものを口元まで運んでやっても、咀嚼してくれない。仕方がなく、ちょっとしたつてを辿って、知り合いに処方してもらった栄養剤を口にいれてやって、そのまま唇をふさいで無理矢理飲み込ませているような状態である。最低限、排泄・入浴・睡眠は自分で行うが、それ以外のことを自分の意志で行うことはない。艶やかな髪や肌は衰えてしまっているし、ずいぶんと痩せてしまった。何よりも、レン自身に感情がないことが、彼から生気を感じられない一番の原因なのだろうと思う。

「レン、今日はいっしょに寝ようね。ずっと手をつないでいてあげる」

レンが俺の手を握り返してくれなくなったあの瞬間のことを、今でも鮮明に覚えている。
モデルとしてデビューして、俳優としても人気急上昇中であった神宮寺レンは、スキャンダルのネタとしては格好の標的だったのだろう。パパラッチにとらえられてしまったのは、ある有名なプロデューサーとの密会の写真。いわゆる枕営業を暴かれてしまったレンは、芸能界にはいられなくなってしまった。ことがことだけに、事務所もレンをかばい立てすることはできなかった。
レンがプロデューサーと寝たことは事実なのだと思う。芸能界では枕営業を根絶することは不可能なのだろうとも思うし、俺と付き合うまでは見知らぬ人と身体をつなげることでしか自己有用感を見いだせなかったレンを、仕事が忙しくてないがしろにしてしまっていた俺にも非はあったのだろうと思う。レンは好きでも何ともない男と寝た。それはきっと、仕事を取るためではない。寂しさに抗えなかったからだ。彼の心と身体をまさぐる下卑た手を拭うことができないほど、寂しがっていたのだ。それなのに、俺はそんなレンを受け入れてあげることができなかった。彼は俺を裏切ったのだと思った。本当は、優しく包んであげなければならなかったのに。

(「最低だよね。レンって。」)
(「……イ、ッキ?」)
(「俺以外の人とでもさ、平気で寝れるんでしょ?」)
(「……っ」)
(「ホント、最低だよ」)

俺はレンを許せなかった。彼が社会から爪弾きにされて、実家からも神宮寺財閥最大の汚点と罵られて、俺のそばにしかレンの居場所がなくなったことに言い知れぬ喜びを感じながら、俺はレンを軟禁して、苛めつづけた。俺の姿を見るたびに「ごめん」と言う言葉を吐いて、今まで見たこともなかった大粒の涙をこぼすレンに、俺が投げかけたものは、酷い暴力と冷たい言葉。

(「どんなに謝られてもさ、俺はレンを許せないよ」)

そう言った。何度も何度も懺悔を繰り返すレンに、俺はそう告げたのだ。それから、彼は人形になった。俺は間違ってしまったのかもしれないことには気がついたけれど、それならどうしたら良かったのかはわからなかった。だって、俺はレンを愛してたから責めたんだ。愛しているってことをわかってほしかったから責めたんだ。それの何がいけなかったんだろう。愛しすぎたら壊れてしまうなんて、俺は知らなかったんだよ。

「レン、ごめんね」
「……」
「ごめん、愛してる」
「……」
「ずっとこのまま、いっしょにいてあげるからね」

謝っても、この罪を償うことはできない。だって、レンはもう俺を許す言葉を紡ぐことはないから。今さらになって、謝罪が受け入れられないことの辛さを知った。それでも俺はこうやって、抜け殻のような神宮寺レンを閉じ込めて、後悔して、愛し続けるしかないんだ。



(辛いなんて思っちゃいけないのかもしれない)
(君はもっと、深い傷を負ったはずだから)



* * *

アンケートコメントで頂いていたのでヤンデレ音也を書こう!と思いたって書き連ねてみたんですが、これは果たしてヤンデレと言えるのかという疑問。ただの救いようのない話じゃん、っていう。
今度、これと類似した設定でもっと幸せな話を書いてみたいなあとか思いました。着地点がビックリするほど想像できないですが←
20140122

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