短編 | ナノ
 わたしはいつも門の前でばいばーいって手を振るのだった。晋助が右手の角を曲がって見えなくなってしまうまで。晋助はちゃんと手を振り返してくれた。ちょっとだけこっちをふりむいて「またな」って。


 うつくしいかんざしは手のひらの中にある。
 晋助がそれをわたしに与えたのは単なる気まぐれと、偶然に彼とわたしが同じ場所、相手を殺せる距離にいたからだった。
 指先で何度ももてあそんでいる。回して眺めて光にかざして。すてきな凶器。婚礼の道具にもなるのに。
 わたしはあの時、晋助の喉を貫いてあげればよかったのかな。そしたら晋助は撥でわたしの喉を掻っ切ってくれたのかな?


 雨が降っていて、その途切れ目、波が見えた。つくりもののよう。傘から絶えず流れ落ちる水。下駄は濡れそぼり、鼻緒の不快。遠くに見える影は大きさを変えることなくそこにある。傘の形はなく、ただの人影が浮かんでいる。わたしは彼に駆け寄る力を持たない。
 ぜんぶ嘘だったらいいのに。見える人影も雨の波が見せている幻だったら。
 指先から滴り落ちる液体の色が何色かだなんて、こんな暗闇の中だから、だれにもわからない。


 わたしは晋助に「またね」って言ったことがなかった。だからずっと、角を曲がってその姿が見えなくなってしまってもしばらくはその場に立ち止まっていた。忘れないように。その後ろ姿を何度も繰り返して焼き付けていた。
 ぜんぶ雨だったらよかったのにね。とてもよく晴れていたから。


 晋助はちっとも驚いた様子を見せなかった。
「じゃあな」と言われたから、「またね」って返した。
 あんなにうつくしかったかんざしは手のひらの中で薄汚く錆びている。




20150515 残滓

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