短編 | ナノ

この大きな紙袋の中身をどうするべきか。濡れせんだけなら全く問題無いが、いかにも甘ったるそうなラッピングが施された洋菓子はどうする。兄貴にやるか?いやそれは失礼か。跡部さんはいつもあの大量なプレゼントをどうしているんだろう。下剋上は叶わなかったが一年前からすれば大きな進歩だな。来年は宍戸さんを抜く、絶対。
そんなことを悶々と考えて今日1日が過ぎたというのはやはり誕生日ということに自分でも気付かぬ内に気分が高揚していたのだろう。
そのことに気付いたのは部室のドアに鍵を掛けた、今だった。不覚。


「日吉も部長になってモテモテだねー」

気を引き締めないとな。
そう思った途端に聞き覚えのある声に心臓は大きな音を立てた。バッと振り返る。そこには片手をひらひら振る先輩がいた。
お久しぶりです、と頭を下げる。元マネージャーの彼女と言葉を交わしたのは跡部さんの誕生日パーティー以来だった。

「遅くまでお疲れ様」
「先輩は……補講ですか」
「当たりー。よく分かったね」
「高校大丈夫なんですか」
「失礼な。さすがに内部は大丈夫ですー」
「……」
「わ、その冷ややかな目やめて」

胸を抑えてグサッとキターだの何だの言う先輩の横をマフラーで少し緩んでしまった口元を隠してから通り過ぎる。
先輩は一緒に帰ろうよ、と後を付いて来た。ひょこひょこ歩くその様はひよこと呼ばれる俺よりずっとひよこみたいで、可愛い。



「日吉を待ってたのもあってこの時間だったんだけどなー、あたし」
「え?」

唇を尖らせて上目遣いで俺を見る先輩は、彼女がマネージャーだった時から思っているが危ない。特に山吹の千石さん辺りには接触させてはいけないと微かに危惧を持っていたのを思い出す。今も、であるが。
ガサガサと鞄を漁って取り出したのはピンクの水玉模様の小袋だった。

「はい、誕生日おめでとう!」

手渡されたそれを見て、それから先輩を見るとニコニコ笑って「開けてみて開けてみて」と催促する。不器用なリボン結びを解いてみると中にはよく分からない物体が幾つか入っていた。試しに一つ取り出す。不格好な……何だこの異様な膨らみをした物は。

「……何ですかこれは」
「スコーン」
「は?」
「……形はどうだっていいでしょ!味よ!味!」

そう言えば彼女はスポドリを作るだけでも味が一定になるのに随分時間が掛かっていた。……大丈夫か、これ。不安に思いながら口に運ぶ。

「どう、どう?」
「……ちゃんとしたスコーンでびっくりしました」
「ほんと!よかったー、ってそれはどういう」
「美味しいですよ」
「あ、ありがとう」

前に一度、バレンタインの時にだったか彼女が作ったクッキーの味を思い出しながら頷くと照れたように笑った。

「これをね、渡したかっただけなんだけどね。そうかそうか日吉に美味しいって言われるとかあたし凄い進歩じゃん」
「まぐれですね、きっと」
「日吉ヒドい!」
「……先輩、」

学校から駅までが近いというのは嫌な時もある。人が増えてきて駅の灯りが見えたところで俺の足は驚いたことにどうにもピタリと止まってしまった。先輩も不思議そうにそれに合わせて立ち止まる。

「どうしたの?」
「えっと」

何をしたいんだ、俺は。喉の奥の方で色んな言葉がざわめくがそれを口にする勇気は今は無く。その、と言ったまま後に続けられない。通行人の視線が止まったままの俺達に向けられる。

「あ、そう言えば今度岳人がクリパするらしいんだけど日吉も行くよね?」
「え?……ああ、そんなことも言ってましたね」
「そこであたしも料理作るからさ、まぐれじゃないってこと見せてあげよう」

楽しみにしといてよ、とウインクを飛ばしてから腕時計に視線を落として、バス出ちゃうからばいばい!と踵を返して慌ただしく走っていった先輩は、途中で勢いよく振り返って「家帰ってからまた電話するー!」大きな声だ。でもそれを苦笑いしながら「はい!」と返す俺は、嗚呼、らしくない。これも誕生日のせいだろうか。誕生日のせいだとしたら、電話が掛かってきた時俺はさっき口にすることが出来なかったあの言葉達を紡ぐようなことになるかもしれない。注意しないと。でもそれを逃したら果たしていつ想いを伝えられるだろう。

すっかり人混みに紛れてしまった彼女がくれたスコーンは俺にとっては甘過ぎたようで頭が重い。




どうしてもどうしても触りたくて、気が狂うほど、もういてもたっても / 君に言霊、若に愛様提出


by吉本ばなな「とかげ」

20101205
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