短編 | ナノ
 ほんとうは、ここで降りなければならなかった。
 ホームのざわめきは分厚い扉がばたんと閉まると共に遠くなり、人の減った箱の中は一気に静まり返った。扉の向こう側ではわたしと同じ制服を来た大勢の学生が階段に向かって流れている。
 隣に座っていたスーツ姿の男はちらりとこちらを見たが、すぐに手元のスマホに視線を戻した。画面には今人気のパズルゲームが映っていた。
 がたんと電車は揺れて、次の停車駅のアナウンスがさっそく掛かる。



 日の光がきらきらと水面に反射している。あたしは海沿いの道を歩いていた。砂浜があってもう少し水が綺麗なら、ここでも遊べるのにと思いながら。
「何してんすか」
「光もこっち来る?」
「は」
「来てくれへんの?」
「今から授業やし。てか何で俺なん。白石部長に言えばええやん」
「蔵くんは優等生やから」
「……」
「それに光は優しいし」
 あたしがそう言うと一呼吸間を置いて、意味分からん、と呻くように絞り出された言葉の後、電話はぶつりと切られた。携帯のディスプレイには始業時間が映っている。こんな時だけまじめぶっちゃって。ピアス5つも開けてるくせに。
 あたしは携帯をリュックの外ポケットに入れた。水族館に入るお金は持ち合わせていないから、あたしは道をぶらぶら歩く。



「先輩今どこ」
「マクド」
「めっちゃオーバーリアクションな白石部長が俺んとこに来てんけど」
「へー」
「うざかった」
「あーごめんなー」
「何で彼氏に、俺なら彼女の居場所知ってる、みたいに思われてんねん」
「光やからねえ」
「勝手に俺を痴話喧嘩に巻き込まんとってください」
「別に喧嘩はしてへんよ」
「部長もそう言うてた」
「な?」
 大きなため息。光のめんどくさそうな顔がありありと想像できて、あたしはふふふと笑った。
「きもいんすけど」
「ごめん元から」
「知ってます。とりあえず部長に代わるんで」
 えっ何そこに蔵くんおったん。何となくそんな気はしてたけど。
 あたしの名前を呼ぶ蔵くんの声を聞いて、あたしは電源ボタンを押した。
 1時間前に買ったポテトはすっかり冷めてしまっていてまずい。昔ポテトを水に浸してから食べるのが流行っていたらしいけど、そんな所行をしでかす輩の気がしれない。大体それでダイエットできるわけないのにあほみたい。そんなにダイエットしたいならマクドになんか入らなければいいのだ。財布の中に50円くらいしか入れておかなければ十分ダイエットは成功する。
 別に蔵くんと喧嘩しているわけじゃない。それはほんまやねん。ただあたしがあかんねん。蔵くんのこと、ほんまに好きなんか分からんくなってしまった、とか、そんなことを思ってしまったから。蔵くんと一緒にいるとめっちゃ怖い。優しすぎて。あたしは蔵くんが好きなんじゃなくて、その優しさを利用したいが為だけに蔵くんを好きやと思い込んでるだけなんちゃうんかなって思えてきてしまって。だってあたしは、半年も蔵くんと付き合っているのに、蔵くんのことを何も知らない。そのことに最近になってやっと気がついた。
【どこのマクドなん】
 光からのラインメッセージに、あたしは返事をしなかった。やって来るのは光じゃなくて、蔵くんだって分かりきっているから。



 あたしのテーブルに突然トレーが置かれて驚いた。携帯から顔を上げて、そこにいた人物にさらに驚いた。
「よう分かったね。ここにおるって」
「朝、場所は言うてたやないすか」
「でも移動してたかもしれんやん……ていうか学校……」
「頭痛がしたんで早退してきましたー」
 光はべっと舌を出して、テニスバックを隣の席から拝借したイスに置いてから、あたしのテーブルのイスにどかっと座った。わざわざ部活も休んで?夏も終わって秋も中頃であんたは今部長やのに?あたしは目の前がちかちかした。
 光が買ってきたのはMサイズのドリンクとチョコパイだった。そのチョコパイをあたしのトレーに載せる。
「えっ」
「先輩好きやろ。それ」
「うん、好き。好き、やけどさ!どしたん、ほんまに頭痛……もはや熱でもあるんちゃうん」
「は?うっざ。やる言うてんねんから大人しくもらっとけやぼけ」
「ぼけって!」
「……」
「……ありがとう」
 おずおずと頭を下げると、光は仏頂面で頷いた。光が優しい。いや光は優しいけど、ちゃうやん、どうしてん、あんたの優しさはこういう優しさとちゃうやん。だからあたしはあんたに電話してん。やのに。
「何で来たん」
 ストローをプラスチックの蓋に突き刺して少しだけ中のものを飲んでから、光は唇の片側だけを持ち上げて言った。
「先輩が俺に来てって言うたんやないですか」
 頭を金槌でがーんと殴られたような衝撃。思わず出かかった涙を溢れさせないようにするのがどれほど大変だったことか。
 あたしは光から視線を外して、目の前のチョコパイに移した。触るとまだ温かい。猫舌のあたしにとってそれはまだ食べ時じゃない。
 いつだった。あたしがチョコパイを好きだって言ったのは。そもそも言ったことすら覚えていない。
「ほんまに来るって思ってなかった」
「へー」
「ごめん」
「何で謝んの」
「あたしが学校サボらせたんやん……」
「サボってへんて。だから頭痛がしたから早退したって言うたやろ」
「……」
 俯いて黙りこくるあたしに、光は舌打ちをした。
「謝るなら先輩のあほさ加減に謝ってほしいっすわ」




20141204 気づいてた
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