短編 | ナノ


◆小学生


バレンタインマジックなのか何なのか、女の子がみんな可愛く見えた朝8時35分。教室で挨拶を交わせば彼女達のかわいい紙袋の中からかわいい小さな袋が私の手に渡り、私も同じことを繰り返す。ようやっと自分の席に着いても手提げかばんの膨らみは萎まずに、中身が家を出た時よりもカラフルになっただけだった。
お調子者男子がクラスの中心的存在の女の子達にチョコレートをせがむ姿が何だかおかしく思えた。バレンタインって本当は男の子にチョコレートを渡す日なのに。今日学校で飛び交うのは本命よりも友チョコの方が多いのは明らかである。それはとっても不思議なことで、それでいて普通のことだというのが面白い。

昼休みの時間にはもう大体の子はチョコを配り終えている。それなのに皆がチョコの入った袋をちらちらと気にするのは、友チョコの下の下にある大事な本命チョコの存在である。女の子達はひらひらスカートを翻しながらあちらこちらでグループで集まってきゃっきゃと盛り上がっている。いつ渡す?一緒に渡そうよ。手紙書く?告白するの?もう緊張した顔をしている子、そんな子を見てにやにやしてる子、真面目な顔して背中を押す子、何かを躊躇った気まずそうな顔をしている子。みんなみんな可愛い。男の子も心なしか皆そわそわしてる。ある人を見つめていたり、まだまだ待ってるぜってキメてたり。みんなが心をふわふわ浮かせてる。
かく言う私も一応は用意してたりする本命チョコ。手提げかばんの底の方にある友チョコよりも凝ったラッピングをした小箱。でも好きな人がいるとかそういうのでは無い。ただお姉ちゃんが彼氏へのチョコを作る姿がとても楽しげだったから一緒に倣って作っただけである。
かばんからそれを取り出して教室をぐるりともう一度見回す。気分が向いたら誰かに渡そうと思っていた。けれど盛り上がる皆の様子にこんな紛らわしいチョコレートを渡すことは躊躇われた。それに好きだと間違えられても否定の仕様が無い。先生に渡すべきかなぁ……。箱をかたかた鳴らしながら考える。作った三色トリュフの出来はまぁまぁだったし。ようし先生にあげよう。そう思ってそれをかばんに戻した時、

「ねぇ」

斜め前の席の幸村くんが声を掛けてきた。彼は「さっきのチョコレート、誰にあげるの?」と首を傾げる。

「え、いや先生にあげよっかなって」
「先生に?」
「うん。好きな人いないしね」

私がそう言うと幸村くんは「そうなんだ」と何故か嬉しそうに頬を緩めた。

「何で?」
「凄く思案顔だったから誰かに告白するのかなって思ってね」

フフ、と笑うと幸村くんは「渡す相手がいないならそれ俺が欲しいなぁ」と言う。私はびっくりして目を丸くした。幸村くんはどこぞのお調子者と違ってバレンタインのチョコレートに困るような男の子じゃない。寧ろ皆の憧れの的、貰いすぎて困ってしまうような立場のはず。さっき見た女の子達だって幸村くんに渡すの、と盛り上がっていたし。

「駄目かな?」
「駄目じゃない、けど……」

今ここで、だろうか。幸村くんにチョコを渡す=幸村くんのことが好き。そう認識されたらその場で私は一ライバルとしてカウントされてしまう。つまり女の子のバチバチと火花飛び散る、それはこわいこわーい戦いに巻き込まれてしまうことを意味する。ちょっと困る。幸村くんはそんな私の考えなんてつゆ知らず「けど、何?」と微笑みながら小首を傾げる。それを見ている女の子達の悲鳴が今にも聞こえてきそうで怖い。

「あ、やっぱり駄目」
「どうして?」
「私が幸村くんのこと好きじゃないから」

今度は幸村くんが目を大きく丸くした。そしておかしそうに「君って面白いね」と笑う。

「じゃあ俺のこと嫌いなの?」
「ううん」
「そしたら友チョコとしてそれが欲しいな」

ほら、もう次は中学だし。幸村くんはそう付け足して今度は少し寂しそうに笑った。
幸村くんが地元の公立ではなくて少し離れた中学に行くのだということは既に衆知の事実だった。テニスが強い所なのだって。
私は少し考えてからかばんからチョコを取り出して幸村くんに手渡した。幸村くんはそれをありがとう、ととても嬉しそうに目を細めて受け取ってくれた。
幸村くんに対して特別好きだとかいう感情を抱いたことはないけれど、その丁寧な所作にはいつも憧れていた。すっきりしていて心地がよくてとても好きだった。それがもうあと2ヶ月もしたら、触れることのなくなってしまうものになるのだ。そう思ったらなんだか苦しい。




Happy valentine!‐The top
20110217
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