短編 | ナノ


暑さにはどうしたって適わん。元々暑いのが苦手な俺は七月の終盤にはすっかりダルメシアンになっていた。少しでも冷たい場所を求めて、今はフローリングの床にべたりとくっついている。「今年は猛暑です」と毎年同じ台詞を口にする気象予報士のそれに暗示を掛けられている気もするが、否、事実暑いのだ。特にこのクーラーの無い部屋は。……違うな、クーラーは有るのだ。クーラーのリモコンを取り上げられたこの部屋は、か。雅治は一日中クーラー付けっぱなしだから、と言う理由で取られた。夜は眠れないと困るから返して上げるけど昼は我慢しなさい、と言うのだ。雅治が暑さ大の苦手ゆうこと知っちょるのに酷いぜよ。
今からすればこの炎天下の中で中高とテニスコートを駆け回っていられたのは嘘の様に思える。大学生になってテニスを辞めてしまったが、続けていればまだ駆け回れていたじゃろうか。嗚呼、あの頃は若かったんな……。
センチメンタルに目を閉じていたらガン、と勢い良く何かが窓にぶつかった音がして窓に目を向ける。それは煩く鳴いて、跳ね返されたその儘ベランダに落ちた。腹を宙に向け足をバタバタと動かす、──蝉だった。擦れる羽音と、起き上がろうと必死に腹に力を込めているのかどうなのかは定かじゃないが叫ぶ様な鳴き声が網戸から直に聞こえてくる。下にある公園からも木の無い都会故に起こる、集まった蝉の大合唱が結構な音量で届くというんに、こうも近くで鳴かれると五月蝿いのもいいところだ。大体、蝉には壁や窓が見えんのだろうか。いつも壁にぶつかっている。そして偶に今みたいにそのまま下に落ちる奴がいる。二週間くらい前にも同じことがあった。その時にはひっくり返った蝉はいつの間にかどこかに旅立っていたが、今度のはどうだろう。カサカサと乾いた音を立てて動くそれは、このまま生きるのだろうか、死ぬのだろうか。
暫くはそれを観察していたが、どうにも何かが起こるようなものは見受けられず直ぐに飽きてしまった。ベッドに横になって枕元に積んでいる漫画本を適当に広げてだらだらしとったら、いつしか寝てしまっていた。



随分と長い間眠っていたらしい。目が覚めた頃には、部屋は西日に朱く染められていた。気怠い体を起こすと、ぐっしょりと汗を吸ったシャツが背中にへばり付いて気持ち悪かった。しかも漫画が額の汗に因って濡れている。……最悪ナリ。風呂にでも入ろう。そう思って立ち上がり、ふと窓の外を見ると先の蝉がぴくりとも動かずにそこに在った。どうやら蝉は死んだらしい。
俺は持ち上げ掛けた腰を下ろして、何をするわけでも思うわけでも無くぼんやりとその屍を眺めた。白い腹を上に、焦げた様な羽を下に。よく道路で潰れたのを目にする。道路のそれはしぶとく張り付いている様に見えるのに、いつの間にか雨風や車や色んなものに因って消え去っている。だがここのは、先ず人がこの地を踏むことは無いし、土も無く、原形を留めた儘残ることになるのじゃろう。だから何だとは言わんが、存在しているのに存在していない、寂しいと思った。風が吹いてからからと屍を転がした。




片方の羽と白いふくべんと頭。数日後、屍はバラバラに分解されていた。可愛い小鳥が体をつついているのを見た。胴は持ち去ったのだ。こういうんは弱肉強食ちゅうんじゃろうか。ちくっと違う気もするが、惨いと言う人がいるかもしれんそれに俺は良かったのぅと思った。死んでからも利用価値が有るんじゃ、良かったの。

俺はテニスを辞めてからあいつ等と関わることが無くなった。勿論それは大学生になって皆が忙しくなったこともあるからじゃけど。なんて、昔は別にそんなんでも何て事無かったいうんに。




20110810 おセンチな仁王くん
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