短編 | ナノ



桂に一目惚れした真選組馴染みの町娘


彼がいつも連れている白くて大きな謎の生命物体の名前はエリザベスと言うらしい。摩訶不思議な見た目をしたエリザベスは話せないのか、いつもプラカードに字を書いて彼と会話している。そうであるから、彼の方を見なければ、彼はいつも一人で話しているように思えてしまう。私もその話し声(彼だけの、だから最初は独り言だと思った)が気になって彼の方を見た、その時、まさに「鐘が鳴った」。なんて美しい人なんだろう!奥から彼を見て、まるで雷にでも打たれたかのような衝撃が走った。そして、思わず目を奪われる人もあるだろう、艶のある長い黒髪は、女の私からしても羨ましく見えるそれだった。

綺麗な髪ですね。

関わりを持ちたくて、何度となく心の中で反芻させる言葉は、しかし幾ら繰り返したところで口に出したことはない。反芻を繰り返す内に、何だか、それを口に出してしまうと、酷くわざとらしく聞こえてしまいそうでならないのだ。だから私はいつもマニュアル通りの言葉しか口に出来ない。ごゆっくりどうぞ。出来る限りの自然な笑顔と、少しでも気に留めてくれたらいいな、とちょっとの邪心をせめて、と彼に向ける。その、たった何秒かが私の最近の幸福な時間である、と言っても過言ではなかった。彼が店の常連客であることに、神様に感謝した。




すっかりニコチン中毒者に成り下がったトシくんの寿命ってあとどの位だろう。肺は既に真っ黒になっていそうだし、職務上のストレスで神経もすり減っていそうだから結構短いかもしれない。何にでもマヨネーズをぶっかけているからコレステロール値も高そうだし。それとも下手に病気は患うけどずるずる長生きするタイプかな。どっちにしてもトシくんって健康面崩壊してそうだなぁ……。傘の下でみたらしだんごを食らう(食べると言うよりもこっちの方がしっくりする。……ああ、また何かに苛立ってるんだ)姿を眺めながらぼんやりとそんなことを考えて溜め息を吐いた。トシくんはそれに怪訝そうに眉を顰める。

「人の顔見て溜め息吐いてんじゃねぇよ」
「だって鬼の副長とも呼ばれる人が近い将来よぼよぼになってベッドに伏せってる姿想像したら悲しくなったんだもん……」
「お前どんな想像してんの!?しかも近い将来って何!」
「何となくそんな光景が頭に過ぎって……、あ、奥さんを大変な目に合わせたりしないでね。病院に見舞いに通うのって案外面倒になるから。特に夫の不摂生が原因での入院なんてムカつく以外の何物でもないから」
「何その熟年離婚間近な感じの夫婦設定!しかもお前のその妄想はどっから来んだよ」

トシくんは苦虫を噛み潰したような顔をして言った。舌打ちと一緒に煙草を取り出す辺り、もう手遅れな気がする。取り敢えず、私は副流煙を吸い込むべからずその場から一、二歩離れて風が吹く側に立ち直した。

「桂の野郎が捕まらねーんだよ」
「桂って、指名手配の」
「あんな変装くらい直ぐに見破れる筈だってんだろーが」

トシくんは懐から筒状に丸められたポスターを取り出して私に渡した。私はその指名手配書の真ん中にある写真に、詰まりは指名手配犯の顔に、思わず声を上げそうになった。
嘘!

「お前の店にも貼っといてくれ」
「え、あ、うん」
「……どうかしたのか?」
「べ、別に!ただ綺麗だなぁって」

何かと鋭いトシくんから送られる視線に、私の心臓は汗をかき始める。口の方もむずむずしてきた。ヤバいヤバい、落ち着け私落ち着くのよ私、別にこんな人私知らない、だってそんな、そんな、ねぇ!
緊張の、たった数秒間は、私にすれば有り得ない程長い時の様に感じた。「ま、そういうことだ。見掛けたら連絡頼む」と言って、トシくんが店を去る迄の間、私はポスターを持つ手が立つ足が体が、震えるのを抑えるのに必死だった。トシくんが店を去った瞬間、体中の孔という孔から汗が一気に噴き出した。もう一度ポスターの写真を見る。間違いない、彼は。




中性的で綺麗な造りの顔、さらさら揺れる黒髪。どうしてそんなに長いのかと気になっていた髪がいきなり短くなっていて、その存在だけで注目を引くエリザベスがいなくて、いつもの強烈なインパクトが殆ど無くなっていても、それが彼だということは直ぐに気が付いた。トシくんにポスターを渡されてから私は彼が此処に来ないことを望んでいたけれど、実際に彼が現れないのはとてもつまらないもので、今、私は漫画で描写されるならば、背景に沢山の花を咲かせているだろうくらい、心が浮いた。ので、彼を席に案内するのも忘れて、彼にぼうっと見とれていた。

「おい、大丈夫か」

突っ立ったまま何も言わず、おまけに顔をガン見する、迷惑極まりない私に、彼は心配そうに私の顔を覗き込んだ。はっ、と気付けば焦がれる顔が目と鼻の先!

「きききれいなかみですね!」

訳が分からなくなって出た言葉に、「熱があるならバイトは休めばよかろう。特に食べ物を扱う店なのだから客にうつったらどうするんだ」と言う彼の顔は呆れたようなものだった。途端に顔は火照り、慌てて首を振って席に案内した。
恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!でも嬉しい!まさか彼から声を掛けて貰えるだなんて思わなかった。それより私は何を言ったんだ!初めての会話がまさかのあれ、嘘、いや、会話出来たのは嬉しいんだけど、あれ絶対に変な奴だと思われた……!

「先程は大変失礼致しました」
「もう大丈夫なのか」
「すこぶる元気です」

平静を取り繕って、注文された饅頭を出して言う。凄い!今私彼と会話してる!これは奇跡にも似たことだと、私は思う。
彼は指名手配犯である。そのことを私は知っている、が、私が知っているということは、誰も知らない。ならば、それで全てはOKなのである。たとえ私がトシくんとは幼なじみ的なものに近いくらい古くからの付き合いで、彼を見付けたら通報して欲しいと頼まれていても、彼を桂小太郎だと認識していなかったと言えばそれで済むのだから。それに、トレードマークの長髪もすっかり短髪に変わってしまったし、言い訳もし易い、筈。私はトシくんと彼が鉢合わせしないよう、願うだけなのだ。という考えをポスターを受け取った日からひたすら考え続けていた。

「……しかし、顔が赤いぞ。やはり熱があるのではないか」
「え、ええ!」

にゅ、と伸ばされた手は私の額に触れる。ななな何!?何で!?何なのこの人!もう私の頭は沸騰寸前だった。余計に熱くなる顔に、大丈夫です!と思わず声を張り上げて踵を返した。何てことするんだ!心臓が口から飛び出しそうになったじゃないか!天然なの?それとも天然たらしなの?分からない……!けれど不思議そうな顔をしながらも饅頭を食べる彼に、そんなことはどうでもよくなった。やっぱり、嬉しいものは嬉しいのだ。そうだ、これを機に仲を宜しくなんて出来ないだろうか。でも、どうやって?さっきのは向こうから話し掛けて来てくれたからよかったものの、もう話題が無いじゃないか。私の馬鹿……何でさっきのをもっと発展させなかったんだろう……。あんなチャンス滅多に巡ってこないだろうに!なんて考えている間に、彼は既に饅頭を食べ終えて茶を啜っていた。あ、もう店出ちゃう!まだ、待って!
メアドだけでも!と急いで店のメモ用紙にペンを走らせた時、店の中に砲丸が投げ込まれた。驚いて投げ込まれた方を見ると、沖田くんがバズーカを担いで仁王立ちしていた。周りには他の真選組の人達。トシくんも勿論居た。

「桂ー今日こそは捕まれよォ」

他の客達がアワアワと店の隅に寄る中、当の名前を呼ばれた人物はまだ暢気に茶を啜っている。私は私でその場から動くことが出来なかった。と、彼は懐から徐に何かを取り出した。そしてそれを思いっ切り床に叩き付けた。

「鎖羅魅!」

難しい漢字と共に辺りは噴煙に包まれた。何、さらみ?思わず目を瞑る。煙が消えた後、彼の姿はもう此処には無かった。

「土方さん、また逃げられやしたねィ」
「お前もこれ以上建物破壊すんじゃねぇよ……」
「大丈夫でさァ。何かあっても土方さんが責任取ればいいだけじゃねぇですかィ」
「お前が取れよ」

逃げの桂、とはよく言ったものである。その逃げ足にさすが、と思った。そして私は真選組に苛立ちを感じた。どうして、来たの。知らず唇を噛んでいた。どうして、今日、来たの。頭を垂らす私の名前をトシくんが呼んだ。無意識に睨み付けるようにして見たらしい。トシくんは珍しくたじろいだ。しかしそれも一瞬のことで、取り出した煙草に火を付けて、彼が煙と一緒に吐き出した言葉はとても棘のあるものだった。

「お前、彼奴が桂だってこと知ってただろ」

鋭い双眸が、真っ直ぐに私に突き刺さる。視線はとても冷たくて、旧知の仲としてのあたたかいものではなく、鬼の副長と呼ばれる厳しいものだった。別に、とそっぽを向けば大きな舌打ちが聞こえた。

「山崎をここに張り込ませておいたんだ。彼奴、ここの常連だったみたいだな」

山崎くんを……?店内をもう一度見渡すと、固まる客の中に申し訳なさそうな顔をした彼と目が合った。今の今まで全く気が付かなかった。そうか、山崎くん居たのか……。となると、いつから張り込ませておいたんだろう。ポスターを渡される前、から、か。

「……止めとけ」
「……何を」
「テロリストを好きになったって幸せになんてなれやしねぇよ」
「……」

顔を上げるともうトシくんは「次!奴が行きそうなとこ行くぞ!」と隊士達に命を飛ばしていた。私は何の反論も出来ずに、真選組が店の前から去っていくのを黙って見ていた。メアドを書いたメモ帳をぐしゃりと握り締める。一気にがらんとした店内を見ていると昂っていた気持ちが急速に熱を失って反対に妙な冷静さを取り込んでくる。
店長が穴の開いた壁を見て「しばらくお店は休業するしかないね」と涙声で言った。改めて見るとおおきな穴だ。修繕費いくらくらい掛かるんだろう。……あ、そういえば彼、お金払ってないや。




「先日は失礼した」

彼は案外律儀なのだと知った。その数日後、饅頭代をきちんと持って彼は法師姿に身を窶して店に訪れた。まだ壁は修復の最中で、店は休業中だった。店長がこの期に新商品を作ると言ったので、私は偶々味見係として店に来ていたのだ。驚きながらもそのお金を受け取る。

「迷惑を掛けてしまったな。……すまない」
「別にあなたが悪い訳じゃないんで」

眉間に寄せられた眉。やっぱり綺麗な顔をしてると思った。でもそれだけ、それだけだ。

「此処はまだ真選組に見張られているかもしれません。早く立ち去った方が身の為ですよ」
「あいつ等と交友関係があった様だが、いいのか?ここで俺を見逃して」
「分かってるなら早く消えて下さい」
「……ここの饅頭は本当に美味かった。それだけは店主に伝えておいてくれ」

彼の目を見詰めて言うと、彼も彼の方で何かを察したらしく簡単に背を向けた。この店に来ることはもう無いのだろう。




20111006 メルボログ
gdgd!いつか修正する。

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