短編 | ナノ


飴玉をひとつ。ころころ転がせばじわりとみかんのやわらかい味が口の中に広がる。桂さんが京で買ってきてくれた。老舗の物らしく、スーパーとかコンビニで売っているのとは違って舐めた後にベタつかない、夏場にも食べやすい飴。弄び、閉じ込め、砕く。欠片が欠片を作るのにそう時間は掛からずに、小さな欠片は口の中に目一杯散りばめられて、それからあっという間に唾液に溶けてしまった。初夏の味はぐるぐる渦巻いて、染み付いて、そのままでよかったのに、次に唾を飲み込んだらその味も無くなってしまった。

桂さん、桂さん、次はいつ帰ってくるのですか?

勝手に人の家の縁側を昼寝床にしている三毛猫(名をミケと言う)の隣に座る。ミケは頭をすこし持ち上げてから、すぐに重たげな瞼を閉じた。七月の入り。まだ日差しはきつくない。首をくすぐってもミケは何の反応も見せない。規則正しく上下する、丸くなった背中に手を移す。当たり前の温かさにあんしんする。わたしもなんだかねむくなってきた、なぁ……。





ふっと気が付くと庭は夕暮れの朱に染まっていた。そして私は頭を誰かの肩に預けていた。

「おはよう」
「……お、お帰りなさい!」
「おはよう」
「え、あ、おはよう、ございます」

暫く帰って来ないかもしれないと思っていた、彼だった。いつの間に帰ってきたんですか。よく見れば手も繋がれている。……ほんとうに、いつの間に。

「帰ってきてたなら起こして下さいよ」
「随分気持ちよさそうに眠っていたからな」

むぅ、と頬を膨らませる私に桂さんはミケに嫉妬したくらいだぞ、と言った。そのミケはもう居なくなっていた。ミケのあたたかさを感じていた掌に今感じるのは桂さんのあたたかさである。ぎゅうと握る力を込めると、桂さんも同じようにぎゅうと私の手を握る。あったかい。あったかい、な。

「また京に行く用事が出来たのだが、あの飴は好きだっただろうか」
「……好きでしたよ」
「ああ、じゃあよかった。はいこれ、こないだのとは違う味」
「……今から行かれるんじゃないですか?」
「今から行くさ」
「え、じゃあ何でこれ」
「それはこないだ買ったやつだ。好きでは無かったら貰っても困るだろう」

どうだ、気が利いてるだろうとドヤ顔をする桂さん。だけど飴の味で無理っていうのはそんなに無い気がするんですけど。しかも今回の、カレー味って、あの、何でこれをチョイスしたんですか。何でいきなりぶっ飛んだものを投下するんですか。カレー味の、飴……。美味しげな雰囲気ゼロですよ。

「……またみかん味がいいです」
「カレー味、気に入らなかったのか?」
「いえ、そうじゃないんですけど……」

いや気に入らないと言えば気に入らないけれど、でもやっぱり桂さんに頂いたものは受け取るんでそれに文句は無いんでいいんです。そうではなくて、

「ちゃんと、夏みかんの飴をまた買って帰ってきて下さい」

爪先を見つめながら吐き出した言葉のトーンは思ったより低くなってしまった。仕事に父親を取られて拗ねているこどもみたい。桂さんが居ない間遊び相手になってくれている銀ちゃんが私のことをガキみたいだと言うのにも否定出来ない。いっそ、みたい、じゃなくて本当にこどもになれたらいいのかなぁ。行かないでよ、なんて駄々をこねることが出来ればいいのになぁ。そんなこと、現実には愛想を尽かれてしまいそうだからしないけど。

「今度は直ぐに戻ってくるから」と私の頭を軽く叩く桂さんに、せめてもの反抗をしたくて私は小指を突き出した。

「……約束」
「分かった、約束しよう」

ゆーびきりげーんまんうそついたら……。

「ら、何がいい?」
「普通針千本じゃないんですか?」
「針を千本も飲んだら死んでしまうだろう」
「……」
「あ、じゃあキスにしよう。これなら二人とも幸せだぞ」
「……なるべく早く、帰ってきて下さいね」

桂さんはすこしだけ顔を顰めてから、ちいさく笑った。







↑舐めたらくるしむ、すぐしぬ

たいとる:みみ
20110823

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