短編 | ナノ




 生憎私は女であったし、弱い訳でも無いが取り分け強くも無い剣の腕に、攘夷戦争には参加していなかったけれど、私の友達の殆どはそれに加わっていた。国の為だ、先生の為だ、と皆刀をとっていった。私はそんな彼等をただ見送るだけだった。帰ってきてね、と言う、それだけ。そんな言葉を掛けていたのに私は、きっと彼等は帰ってこないだろうと、内心で諦めていた。だから、もしも私が男で、剣が強かったとしても、女の私と同じ道を取っていたかもしれない。
 先生は大好きだったし、そんな先生を奪った世界を憎んだりしたけれど、天人に支配された世界を変えてやる、変えられるなんてことは思わなかった。皆が戦場に向かった時、私はとうにこの世界に希望なんて抱いていなかった。
 そして、戻って来た友達を笑顔で迎え入れた記憶が、やはり、私には殆ど無い。




「小太郎がやってることは、本当に世界を変えることが出来るの?」

 私のその問いに、小太郎は少し困った顔をした。いつもならば、力強くはっきり「出来るさ」と頷くだろうに。頷いて持論を語り出すだろうに、今日の彼は小さく「ああ」と目を伏せるだけだった。
 何日か前の新聞に載っていた、旧友同士の衝突事件。長く美しかった黒髪をすっかり短くして久方振りに私の前に現れたその一方の彼は、一人考え込んでいる。

「友一人変えられぬ俺が、世界を変えようだなんてただの戯れ言にしか聞こえないか?」
「らしくないこと言うね。そしたら今までのことだって全部無意味なものになるんじゃない?」

 先生が殺された時、光を見失った。戦争が終わった時、全てに絶望した。銀時はいつの間にか姿を消していたし、世界を変えると言う小太郎と一緒には居られなかった。かと言って、世界をぶっ壊すと言う晋助について行く気力も無かった。
 皆が己の道を進んだ時、私は行き場を見付けられずに一人で彷徨うしかなかった。生きる為に、遊郭に身を置いた。

「……そうだな」

 そうして何年か経った時、小太郎と再会した。度が過ぎる程真面目だった彼が遊郭に来るなんて思いもしなかった私は、その再会に心底驚いた。小太郎が言うには、私が此処に居るのを知ってのことだそうだが。それから小太郎は時々ではあるが、此処に通うようになった。別に何をする訳でも無く、お互いの話(多くは彼の理想論)を交わすだけにだ。

「でも、話をするだけの為に小太郎が此処に通う行為が一番馬鹿らしいな」

 正直、しあわせなあしたを夢見るのは、楽しかった。ずっと希望やら未来やら、そういうキラキラした類の物を皮肉った目で見てきた私にとって、小太郎の理想とする世界の話を聞くのは、わくわくした。長いこと暗闇の中に溶け込んでいたからかもしれない。闇に慣れた目が久々に捉えた眩い光に、世界の全てを奪われていたからもしれない。だって、小太郎のその話をあの時聞いていたって、何もかもを諦めていた私は、寧ろ嫌気さえ差していたのだから。

「どういう意味だ」
「此処に通ってる癖に、やることやらないし。此処が遊郭だってこと忘れてない?」
「それは、お前と純粋に話がしたかったからだ」

 小太郎がムッとしたのが分かった。相変わらず真面目だなぁ。彼の短くなった髪に手を伸ばす。サラサラと流れる髪、あの鬱陶しいくらい長かった髪は先生に憧れて、なのだろう。しっかりと手入れされている。
 きれいなかみ。
 小太郎の髪を梳く度に、私は先生の透き通る髪を思い出す。色素の薄い、金髪に近い茶髪。さらりと靡き、揺れるそれに、私も憧れていた。手を伸ばせば、直ぐに触れられた。三つ編みを結うことだって、簡単に出来た。困ったように笑いながらも、その出来を、あなたは手先が器用ですね、と頭を撫でてくれたすらりとした指が好きだった。
 短く切られた髪に息を吐く。頬に手を滑らせて、じっと目を見る。そうした時、小太郎の眉が寄った。だが、それ以上小太郎は動かなかった。静かにそのまま見つめ合う。潤み、熱を持つ小太郎の瞳に吸い込まれそうになる。けれど、その瞳が映しているものに、私は思わず目を逸らした。
 小太郎は、例え少し道に迷ってしまっても、迷い込んでしまうことは無い。真っ直ぐに、自分が信じ決めた道を直ぐに見付けて、行ってしまう。あの時だって、そうだった。そしてその道を私は知っている。だから私は吸い込まれた儘に、身を委ねることは出来ない。

「小太郎の理想を聞いてくれる人は他にも沢山居るでしょ」
「お前に聞いて欲しかったんだ」

 この国の夜明けを見ると言った時の顔は、今まで見てきた男の顔でも一際凛々しく、そして、一番見てはいけなかったものだった。私はそれを思い出しながら、俯いた儘、何も答えなかった。
 小太郎は徐に立ち上がって、窓を開けた。冷たい夜風が部屋に入り込む。

「俺に付いて来てくれないだろうか」

 窓から覗く月は煌々と明るく、縁取る小太郎の輪郭に、私は先生の面影を似せた。
 もし世界を変えるとして、先生が望む方法に一番近いものでそれを行おうとしているのは、彼だろう。だからなのか、何なのか、彼は先生に似ていると、私は思う。見た目だとか、そういうものでなくて。先生の何かが彼の中に生きているような、そんな何か。尚更近くには居られなかった。
 首を振ると小太郎は哀しげに「そうか」と頷いた。

「私、本当は小太郎のことって苦手なの」
「……そんなこと知ってるさ。昔から」
「抱かないのなら、もう此処には来ないでよ」
「……」
「苦しくなるの、小太郎と居ると」

 小太郎は、また、「そうか」とだけ言って梁に凭れて目を瞑った。こう言ったって、聞かないのだろう。ふらりと現れては「そんなこと言ったか?」と惚けて上がり込むのだろう。……なんて、もしかしたら私が勝手にそう思い込んでいるだけかもしれないけれど。拒んでおきながら、実はそれを望んでいるのは、私だ。

 私が自分を行き場が無くなったと憐れみながら、遊郭に身を置いているのだと気付いたのは小太郎の光を見てからだった。先生の様な人を待っていた。かつて戦争で親を亡くしてどん底の暗闇から私を救ってくれた人を、どうしようも無い所に居て、昔と同じように待っていた。それなのに、私はその光を持つ人が目の前に居るのに、手を差し伸べられているのに、その手を取ることが出来ない。渇望していたものに、再び触れることが怖かった。失うことに対する恐れだった。
 無理矢理にでも、此処からかっ浚ってくれれば、私はきっと動けるのに──。
 じわり、部屋を侵食する夜が、私の中の狡い心も全部包み隠してこっそり殺してしまえばいいのにと思った。少しずつ降り積もっていく私の甘えが、私を殺す迄、あとどの位か。私には分からない。まるで自分一人じゃ何も出来ない乳呑み児だ。月を見上げていると思っていた小太郎がいつからか哀しげに私を捉えていた。

「……分かった、もう来ないから。そんな顔をするな」

 お前にお前の思う道があるのならその道を進めばいい。もし、俺の所に来たくなったらいつでもいいから来い。

 そんな配慮は要らないと、泣き叫びたくなった私が繕った笑みは小太郎にどう映ったか。けれど、ありがとうと紡いだ言葉は案外いつもと同じ、しっかり落ち着いたものだった。




午前三.七時に咲くマリーゴールドとドラマティック、幸せになれないということ

silencioさまに提出
20110621

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