短編 | ナノ


 幸村精市は、真っ白な椀の中にいた。そこには何もなかった。ただただ頭の上には半球状の白があり、足の下は白が平らに広がっているだけだった。そこに幸村精市は一人で生きてきた。十五年、一人で生きてきた。さびしいという感情はなかった、否、知らなかった、のだが、つまらないという感情は沸々と溜まっていた。そして齢十五を迎えた幸村精市の我慢はついに爆発。辺り一面の床を蹴ったり殴ったりしてぼこぼこにする、かと思えばぱたりとその場に倒れ込みしばらくの間泣き続け、そしてまた床を破壊しにかかる。神様はすっかり参ってしまって幸村精市に色の粒と筆を何本か、与えたのだった。
 幸村精市には絵の才能があった。物作りの才能があった。彼は自分自身と神様以外、何も知らない。故に彼のつくるものは彼の想像によるものである。彼の描く生きとし生ける者達は、輝いていた。今にも動き出しそうな動物たち、豊かな薫りを放っていそうな鮮やかな花々、風だって見える。神様はそれに感嘆した。いつの日にか創造した二人の人間を神様は愚かな生き物だと憐れんだが、その二人の人間から派生した人間にこれほどの才があったとは神様は思わなかったのである。
 しかし幸村精市は満足しなかった。何かがぽっかりと空いていた。しかしそれが何かは分からない。幸村精市は何も知らない。正確に言えば知らないのではなく、全てを忘れているからである。幸村精市が、全てを忘れることを選んだ。神様は彼が欲する何かを知っている。彼を一人にしたのも全てを忘れたいという彼の願いを叶えたのも神様なので、彼の身に降り掛かったことを一から十まで知っている。神様は心の隙間に犯されてゆく幸村精市にそれが何なのかを教えない。それは神様の優しさであった。教えたところでそれがどうにかなるわけではないからである。幸村精市が落ちてゆくのを神様は今度はもう何も手出しをせずに見守ることに決めたのだった。
 幸村精市は色とりどりの世界を青一色で上塗りしてゆく。真っ青な世界。どうして青を選んだのか幸村精市にも分からなかった。彼女の眠る世界を幸村精市は当然に知らない。嗚咽が青い世界に吸収されて消えていくのを不思議に思う幸村精市は、その嗚咽が自らのものであると気付いていなかった。ただ心にぽっかりと空いている穴に自分が吸い込まれてゆくのを感じてはいた。いつか消えてしまうことに、この場所でならいいかと、幸村精市は思っている。冷たくも温かくもない、無機質な、何もない場所。




20141013
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