短編 | ナノ

 
どうして何も言わないの、と聞くとブン太はああ、と何の意味も持たない音を発するだけだった。静かだった。確かに周りからは救急車のサイレンの音だとか、体育の掛け声が聞こえてきているはずなのだけど。私たちの間から生まれる静寂が全てを呑み込んでいるかのように、静かだった。真上には太陽が赤々といるけれど闇の中にいるようだった。無音の世界のようだと思った。怖くなってブン太の腕を掴みそうになって、止めた。
暖かな南風が隣のブン太の甘い匂いを運ぶ。でもそれはお気に入りのグリーンアップルのガムの匂いじゃなかった。

「ストロベリー、」
「……おう」

どうして私が好きだと言った味を今更噛むの?気分、だとかそういうのじゃないでしょ。普通なら、こうなったら、意図的に外すでしょ。何で選んだの。ブン太なら、幾つも他の味持ってるじゃん。今日だって、ファンの女の子からブルーベリーのガム、貰ってたのに。
ブン太がよく分からない。お菓子が大好きで、食べ物のことにはとんと単純だのけど。私には何も見えない。彼が何を考えているのか、何を見つめているのか。



どうして何も言わないの。
……悪ぃ。
どうして怒らないの。
わかんねぇ。
裏切ったんだよ、ブン太を。
そうだな。
仁王と、キスとか色々しちゃったんだよ。
……知ってる。

私のこと、好き?


「……わかんねぇ」


ふいに重ねられた唇は少しくたびれたストロベリーの味がした。最初は甘かったであろうそれは、今の私たちを映しているみたいだと思った。今更、本当に今更、私もグリーンアップルのガムを食べたくなった。



20100402 ブン太はヒロインのことが好き。だけどもう甘い昔には戻ることが出来ないと知ってる。
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テーマ「人外ファンタジー」
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