短編 | ナノ

チャイムが鳴った。先生が校門を閉める音が聞こえる。彼は今日も遅刻だろうか。私は窓の外を見る。校門には先生とテニスバッグを担いだ少年がいた。

「また見てるの?」

隣の席がガタタッと揺れた。私の机との間にテニスバッグが放り出される。

「最近来るのが早いね」

チャイムが鳴ってほんの少ししか経っていないのに。

「見たいものがあったからね」

神の子、と称される幸村精市は意味ありげな笑みを見せた。ああ、なんか嫌な感じがする。というか、いいの。部長が「見たいもの」の為に朝練を早く切り上げるとか。

「別に朝練の時間は変えてないよ。ただ俺の来る時間を少し早くしただけ」

私の心を読んだかのように幸村君は言う。流石は神の子。おみそれいたしました。なんてしてる間にチャイムが鳴った。本鈴だ。窓の外に再び視線を戻す。そこには教室の風景が写し出されているだけだった。隣の席からため息が漏らされた。



ふふ、なんて少し離れた所で笑って私たちを見ている。見ているだけ。何なんだ、あの人は。

「……えーと、  さん?」
「はい?」

幸村君への不満を沸々と募らせていた私は可哀想なくらい間抜けな声で応じてしまった。

「あの、何スか?」

赤也君は多少気だるそうな仕草を見せて尋ねる。

「アンタが俺に言いたいことがある、って幸村部長が言ってたんスけど」
「……は?」

何だそれは。そんなこと言ってない。頼んだ覚えもない。
思わず幸村君の方に視線を遣れば、やはりまた、先と同じ笑みを浮かべている。……悪魔だ。赤也君とは違う意味の悪魔。そして何か逆らえない重圧を放っている、ああこれが神の子と呼ばれる理由?少なからず、間違ってない様な気もする。

「赤也君は幸村君に逆らえる?」

そう聞けば赤也君は苦笑いを漏らした。

「それが言いたいことっスか?」
「いや即席です」

たかがそれだけのことに呼び出す奴はいないだろう、と思うのだが。

「幸村部長には逆らえないっスねぇ。部長に逆らったら……」

赤也君が答え始めると共に妙な足取りが聞こえてくる。それは段々と大きくなる。その音が止んだ時、赤也君の目は一点を捉えたまま硬直した。




「折角チャンスをあげたのに。あんなつまらない質問をするなんて」

幸村君はまるで私が愚問をしたみたいな言い方をする。その愚問を投げ掛けられた赤也君のその後は知らない。寧ろ知りたくもない。
放課後の教室。皆部活だの何だので出払っている。見事な二人きり。こんなこと滅多に無い。
私だって何時もならとっくに家路に着いている。では何故まだここにいるのか。いや、普通なら五時を回っている時点で教室に彼がいること自体がおかしいのだ。そう、私が教室に残っている理由も彼にある。

今日は部活が休みなんだ。
そう言って幸村君は終礼が終わってからもずっと席に腰掛けている。それを貫禄があるなぁ、なんて思いながら見たまま、私も何故か机から場所を動かなかった。ずっと窓を見ていた。たまに他愛の無いことを話すことくらいはしたけれど。

「あまり俺で遊ばないでね」

突拍子も無く幸村君が言った。何言ってるのと彼の方を振り返ると彼はいつになく真剣な顔をしていた。

「遊んでるのは幸村君の方でしょう?」
「  の方だよ。ほら、さっきも」

さっき?私は何をしたのだろうか。思い当たる節は無い。それにまず、幸村君を弄ぶ、だなんてそんな大されたこと私は出来ません。それなのに。
幸村君がため息を吐く音を聞く。本日二度目だ。私は彼に何をしてしまっているのだろう。

「ごめんなさい」

彼は、え、と顔を上げた。

「ごめんなさい」
「その意味分かってないだろ」

幸村君はまたため息を吐く。正確に言えば吐かされたのか、私に。本日三回目。彼が一日の内にここまでため息を吐くのは滅多に無いだろうに。

「  、本当に君は馬鹿なんだね。そうまでして俺を」

呼び捨てですか、と突っ込むにはらしくない雰囲気だった。
トン、と身を乗り出される。私はそれを窓の反射を頼りに見ていた。

「怒らせたいのかい?」

ぞくりとする様な声で耳元に彼は囁いた。ぞわりぞわり。足元から何かが上ってくる。それは私の自由を奪う。動けない。けれど心臓だけは先程よりも活発に動き出した。

「君はいつも此処で何を見ていたの?」

──何を見ていた?
朝、赤也君を見ていた。いつも遅刻する子。面白い後輩だね、って言って。
そうだ。私は窓越しに見ていた。彼が来るのを待っていた。今と同じようにして、反射して映る教室を、隣の椅子が動くのを待っていたんだ。何時からか足音さえも覚えてしまっていて。
私は気付いてしまった。

「  」

振り向くと唇に柔らかい感触があって。その感覚が離れると、目の前には神と呼ばれるに相応しい整いすぎる顔があった。

「俺もね、ずっと見てたんだよ」

壁掛け時計の長針は六を指す。

「チャイムも鳴ったし。さぁ、帰ろうか」

幸村君はそう言うけれど、私には何も聞こえなかった。いつの間にか教室に入ってきていた男子達が何かを話しているけれど。口を動かして私達を見て何かを言っているのだろうけど。


「  、行くよ」


私は彼の声以外、何も聞こえはしなかった。




20100308 だらだらだらだらと申し訳無いです。遅くなったけど、幸村君ハッピーバースデー!

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