短編 | ナノ


ソファに寝転んで本日三本目のガリガリ君のソーダをしゃくしゃくかじりながらテレビを見ていたら今日ある有名なお祭りの花火特集なんてやっていたものだから今日はどこにも出ないで家でゴロゴロしてやるんだぜ、なんてTHE・暇人な考えは吹っ飛んでしまった。どうして吹っ飛んだのか、理由は画面に広がる大輪の菊の花に魅了されたとでも言っておく。綺麗に聞こえるから。

行きたいと思ったら即行動である。優雅にロッキングチェアに腰掛けて心理学の本を読む精市に声を掛ける。祭りに行きたいと告げれば、彼はテレビと私の手のアイスを見比べて「それ以上食べたら豚になるよ」とやや呆れ気味に言った。精市には私の魂胆はいともあっさり見破られてしまう。どうせ夜店の食べ物目当てだろ、と。ええその通りですが何か。

ガリガリ君は冷凍庫から取り出したばかりなはずなのに、棒を持つ手にはもう溶けたアイスが伝っていた。危ない、危ない。ソファに零れ落ちないように危険な箇所を舌で掬い取っていたらそれなんか舌がエロい、と精市が笑った。お前それを中高(いや今の大学もか)でキャーキャー騒いでいた女子が聞いたら色んな意味で泣くぞ。女の子と信じてた子は泣くし、何かの宗教みたく崇めてた子は鳴く。多分。こんなことを感じ始めたのは精市と付き合って一ヶ月経った辺りくらいからだったと今何となしに思った。

「まぁ俺も花火見たくなったし。いいよ、行こうか」

キィと音を立てて精市が立ち上がった。私は急いでガリガリ君を全て口に放り込んでから部屋に走った。さすがに高校時代の体操着で祭りは行けない。




「……で、何でここ」
「花火を見たいからに決まってるだろ」
「祭りには行かないの」
「お祭りに行ったら花火なんて見れないじゃないか。好きな物買っていいから」

精市の足が向かったのはコンビニだった。じゃあどこで見るのかと尋ねればとっておきの場所、と微笑んだ。えー、何それ。祭りに行くものだと楽しみにしてたのに。ぶつぶつ不満を垂らす私に精市はお前は食べ物があればそれでいいだろ、と言った。確かにそうだけど、こう夜店で食べるあの特別な感じを楽しみにしてたのにー。




そして再び私たちが住んでいるアパートに戻ってきたのは午後七時半。もうすぐ花火が始まってしまう時間だ。まさか家で見るのか。食べ物食べ物とうるさい私を黙らせる為にコンビニに行ったのか。

「もう花火始まるよ。どこ、とっておきの場所って」
「ここの屋上」
「屋上って入れたっけ?」
「仁王は鍵作りが上手いんだ」
「……」

聞いてはいけないようなことを聞いてしまった気がして黙って精市の後を付いていった。ガチャガチャと鍵をこじ開けたのが針金だったのは気のせいだ。
精市が扉を開けるのと花火が打ち上がったのはほぼ同時だった。広がる夜の世界に煌めく赤や白の菊の花。

「わあ……!綺麗!」

祭りがある方角に高い建築物は無く、このアパートは六階建てと中々の高さがあり花火を見るのには絶景のポイントだった。おまけに立ち入り禁止の場所だから私たち以外誰も居ないし来ない。

「とっておきの場所だろ?」
「ほんと、ここ最高な穴場じゃん!」

精市がどこからか引っ張ってきた木製のイスに腰掛けて花火を見る。最初は普通の形だけだったけれど次第に猫の顔やら歪なハート、ニコちゃんマークの花火も打ち上げられるようになった。その度に凄い、凄い!とはしゃぐ私に精市は子供みたいと笑う。

「いいじゃん。素直で可愛い彼女なんだから」
「フフ、頭は大丈夫かな?」
「失礼な!」
「これのどこが可愛い彼女が買う物なのか分からないよ」
「い、いいの!食べたかったから!」

コンビニの袋から取り出された発泡酒や笹かま、スルメに裂けるチーズ。どこの酒飲みのつまみかと聞かれた。最近の若い女性もおつまみ系をよく買うと聞くから別にいいじゃない。

「ドラマの干物女は可愛いけどさ」
「そうですねー私はただのマダオですいませんー」
「別にお前のことは何も言ってないけど。ドラマのあの子は可愛いって言っただけなんだけど。あ、拗ねないでねまるで駄目な」「皆まで言うな。そしてアンタはまだお酒飲めない年だよね!」

ごきゅん、精市の喉仏が上下に揺れる。さよなら愛しの私の麦とホップ。恨めしげにそれを眺めて精市の買った500mlパックのアセロラジュースにストローを差す。精市がお茶を買わない時点でこうなることうっすら予想はしてたけど。

花火を背景にして私の麦とホップを飲む精市は完璧に絵になっている。何か悔しい。
たまやー!と花火に叫ぶと精市もたまやー!と口にした。益々もって絵になる。今発泡酒のCM撮影か何かですか。

「いつかは大きな縁側でこの花火を見たいね」

間違えた。ドラマの撮影か何かでしょ、これ。きゅうっと甘く締め付けられるこころは私の喉を潤すアセロラジュースと同じ味がすると思った。

再び特殊な形の花火が打ち上げられた。それは今度こそ大きくて綺麗なハートの形を描いていた。



夏だ!海だ!お題だ!〜景吾と精市に捧げる愛のMemory〜
花火/Two Top

20100801
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