短編 | ナノ

 北側の部屋、寝室に差し込む光は青っちろくて、南側のリビングでだいだい色の光に慣れていたわたしの目はちかりと鳴った。精市はベッドに仰向けになって組んだ手の上に頭を置いて、じっと天井を見つめていた。わたしはベッドの頭の方にある本棚からリビングに持って行く本を選ぶ振りをして微動だにしない精市の様子を覗き見る。
 精市の顔はいつもより白く、灰色の影が落とされていて、落ち窪んだ眼はうすい膜が張ってあるみたいにぼやけていた。その瞳は彼が中学生の時の、あの病室にいた時に時々見せたそれと酷似していて、わたしは恐ろしくなった。
「精市」
 呼び掛ける声は震えていた。わたしはベッドの脇に寄って、精市の肩を揺すった。
「精市」
 ひとつ、ゆっくりとまばたきをして、精市はわたしを見た。蜜色の目は虚ろながらわたしを捉えていた。それから、ちいさくわたしの名前をつぶやいて、精市の顔を覗き込むように身を乗り出していたわたしの頬に手を添えた。精市の手はひどく冷たい。
「どこに行ってたの」
 かすれた声だった。
「どこにも行かないで」
 迷子の子供のような目をしていた。わたしは精市がこのまま、どこか違う場所に行ってしまうんじゃないかと思った。精市は泣きそうな顔をしていて、同じように泣きそうな顔をしたわたしが精市の瞳の中にいた。
「ここから、出て行くべきだよ」
「どうして」
 しあわせになれるのに、しあわせになれないなんて、ばか。精市は頭がいいのに、何かに固執し過ぎるきらいがある。
 部屋は青くて、窓は閉め切られていて、時計も止まっていて、だからこの部屋だけ置いてけぼりになるんだ。空気を入れ換えなくちゃ。
 ここには誰もいない。精市はわたしのお願いを聞いて、海の見える丘に向かっている途中だ。




bgm:遺書。
20140516

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