短編 | ナノ




 わたしは親にバレないように、こっそりと家を出ました。白らんと、流星群をながめる約束をしたからです。
 わたしが待ち合わせ場所の公園に行くと、白らんはすでにわたしを待っていました。マシュマロ一ふくろね、と白らんはわたしに言いました。わたしは別に待ち合わせの時間におくれたわけではありませんでした。でも白らんは、わたしにマシュマロ一ふくろをよこせと言うのでした。
 白らんのわがままなところをわたしはきらいではありませんでした。自分のよくに忠実であるから白らんは人とはちがった物の見方をするのだとわたしは思っていたからです。周りの子達は、みんなやりたいことなしたいことがあっても、周りから浮くだとかを気にして、同じような行動を取って、似たような意見を発して、それだけなのです。
 わたしは白らんといっしょにいる時間が好きです。人からの評価だとかを気にしない白らんは、さらに遊びやいたずらを考えるのがうまいので、わたし一人じゃ考えられない、行動できないことを大きな規模で起こすからです。
 分かった、とうなづくと、白らんはうれしそうに、じゃあ行こうか、と言いました。きげんが良い白らんは鼻歌を歌っていました。わたしはおさいふの中身が気になるよりも、流星群への期待が大きくふくれ上がっていました。走って行きたいと言いましたが、白らんは、時間はまだあるよ、君はせっかちだなあ、と笑いました。ちこくしてもないのに、マシュマロを要求する人に言われたくないと思いました。だけどわたしは大人なので、何も言い返さずに白らんの後を付いて、丘へと続く道を歩きました。
 丘に人はいませんでした。昼間だとそこそこ聞こえる蝉の鳴き声も、何も聞こえませんでした。わたし達の声と、風にそよぐ木々の葉がこすれる音だけが、その場にありました。どうせなら木に登って、より空に近い所から流星群を見ようということで、わたし達は辺りで一番高い木に登りました。白らんがひょいひょいと登って行くのに対して、わたしはずい分長い時間をとって木を登りました。
 やっと登りきった所で、街を見てごらん、と一足二足先に着いていた白らんが言いました。するとそこには、いくつものろうそくに火を灯したような、ぼんやりとした光が街をほの明るく浮き上がらせていました。わたしは夜おそくに家を出たこと、それもこんな高い場所から街を見下ろしたことなんて無かったので、当然こんな景色を生で見るのは初めてでした。わあ、すごい!と感げきしていると、白らんは、星の方ももうそろそろだよ、と言って空を見ました。わたしも釣られて空を見ました。すると、目のはしからはしを何かが流れ落ちていきました。一瞬のことでした。まばたきをすると緑の残像が空に見えました。尾をひいて、流れたそれが流れ星であると気づいたのは、さっきのの後を追うように、次々ときらめく何かが上から下にすべるように落ちていくのをただ、ほう、としてながめていたのをこれが流星群だよ、と白らんが言ったのを聞いてからでした。ハッとして白らんの方を見ると、白らんはにこにこしてすごいねえ、と言いました。それからすぐに空に向き直った白らんのひとみは、とてもかがやいてました。
 白らんはよく冷めた目をしているとわたしの親はかれを良しとしませんが、白らんにもちゃんと興味があるものにはそれ相応の反応をするのです。周りよりも大人びていると、わたしもよく白らんについて感じますが、こういう時や、白らんが計画したものが成功した時なんかは白らんは周りの子どもと大して変わらないように見えるのです。

「世界せいふくしてるみたい」
「ハハッ、面白いこと言うね」
「だって、今のこの時の光景はわたし達しか知らないんだよ」
「つまり今は僕らだけの世界ってこと?」
「うん」

 とてもげんそうてきで、感動するものがありました。目の前をいくつもの星が流れていって、このまま夜空の星すべてが落っこちて、次の日から夜空には月しか浮かばないんじゃないかと思うくらいたくさんの星が落ちていきました。月さえ落としてしまいそうだとも思いました。そう言うと、白らんはあれはいつもわたし達が見ている星とはちがうのだと言いました。わたしはてきとうな返事をしたと思います。白らんは、君には探究心ってものが無いよね、と軽く笑いました。
 わたしは最後まで星が落ちるのを見ていたいと思いましたが、あとを付けてきていたらしい、使用人が木の下からわたしを呼ぶ声によってそれはかなわぬものとなりました。白らんはつまらなさそうな顔をしていました。わたしも同じような顔をしていたのだと思います。使用人は困ったような顔をして、けれどわたしを家まで引きずるように戻しました。白らんはまだ木の上にいて、彼は流星群を最後まで見られるのだということがうらやましく思いました。
 今度はほんとうに、ほんとうに誰にも気づかれないように、家をぬけ出そうと思いました。気配のころし方をもっとうまくしなければなりません。
 二人だけの世界せいふくがあっという間に終わってしまったことが、ちょっぴり残念でした。






 あの頃の私ならば、今の白蘭を見ても純粋に目を輝かせていたのだろうか。目を一杯に輝かせて、その後ろを付いて行くのに何の躊躇いも持たず、白蘭は凄いなあ、なんてことを思うのだろうか。知らぬ間にマフィアの世界に入り、知らぬ間に人を殺すことを覚え、知らぬ間にそのボスになっていた白蘭は、ついさっき、部下達の前で言ったのだった。「僕はこの世界を征服する。これに異存がある子はここから出て行ってね」。白蘭に迎合する彼等は力に巻かれざるをえなかった人々か、詰まらない子供達だった人々か。後者と同じ私は、ただにこにこと笑う白蘭を眺めて、異様な高揚を見せる空間を眺めて、踵を返した。

「白蘭は何をしたいの」
「だからこの世界の支配だよ」
「でも、どうせ手に入れたら直ぐに飽きて捨てるんでしょ」
「ん、そうかもね」

 マシュマロを指の腹でころころと転がしたり押し潰したりとして弄ぶ白蘭はにこにこと笑いながら、君は僕の意見に反対なの、と首を傾げる。私はそれに答えずにふかふかのソファに体を沈める。ゆっくりと私の動作を追う、白蘭の薄く開かれた瞳に私を試すような色が見えた。白蘭は私が何と答えるか、選択肢が無いことを分かっている上で答えを訊ねたのだ。

「もし私が反対するなら、私をここから追い出す?」
「君はどう思う?」
「……追い出すと思う」
「そう思うなら、そうなんじゃない?」

 でも君がここから居なくなるのは寂しいな、と言う白蘭の嘘に、私は適当に笑う。
 白蘭が冷めた目で私を見ているのを私は気付かない振りをする。
 私にすっかり飽きてしまっている癖に、突き放そうともせずに傍に置いておく白蘭は狡いと思うけれど、それに甘んじて、近しいかなという距離を保つ努力をする私はもっと狡いし、何をしたいのかよく分からない。突き放されるならば、別にそれでいいといった感情しか持っていない筈なのに、私は白蘭との関係を切ってしまいたくないとしている。世界征服だなんて、なんて馬鹿げたことを。そう思っている私は、一方で、あの日白蘭と眺めた空と街をもう一度手に入れることを望んでいるのかもしれない。白蘭が世界を手に入れたならば、あの時私を迎えにやって来た使用人が、今度は白蘭を潰しにやって来るだろう使用人となってやって来ることへの奇妙な高揚感を私は味わいたいだけなのかもしれない。それでも、私が白蘭から離れない理由の一つには成るのである。

「私は、貴方と一緒に貴方が征服した世界を見たいと思う」
「ふうん」

 白蘭は緩やかに立ち上がって私ににこやかに微笑んだ。目の前までやって来てしゃがみ込むと私の口に無理矢理マシュマロを押し込んで、白蘭は君って本当に詰まらないね、と笑ったてそのまま背を向けて部屋から出て行った。
 白蘭の中での私のポジションは、多分、何かと媚びを売る詰まらない人間と同じ。それに幼なじみのオプションが付いていればまだ良いところで、それでも、彼の評価では底辺よりもちょっと上くらいでしかないだろう。私はファミリーの戦力にもなっていない、ただの置物だ。詰まり私には、白蘭が何をするにしても、元より拒否権は無いのだ。私の意志がどうであろうとも、無理にでも動機付けをして、さも白蘭に賛成の立場を取ることは私自身の意志であると見立てなければならない。
 私はひたすらに、幼年の白蘭と過ごした日々の記憶を美化させては幾重にも塗り重ねて、年を食い潰していく。いつの時の私が本当の私であるか、もう、分からないくらいに、私は年を取っている気がする中で、けれど白蘭がマフィアのボスになったのは、ついこの間だったような気もする。




高鳴る鼓動を聞いた最後の日。煌びやかな夏の記憶とずっしりとした重たい身体が物語る幸せと不幸

曰はく、さまに提出(第5回)
20111228
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