短編 | ナノ

ぽかぽか陽気に誘われてふらりと電車で通る道を歩いてみる。いつもは見えない風景に心がふわふわとする。商店街の活気付いた声、小学生の自転車チェイス、手を繋ぐ微笑ましい幼稚園児の姉弟。
お小遣いピンチで電車賃が無いからと諦める、まだ行ったことも見たことも無い場所でなくても私の心を満たすには十分だった。歩かなければ気付きもしない名前も知らない花や、雲が緩やかに流れる様子をぼんやり眺めたり。雲は一つも無くて全て真っ青なお空に溶けてしまったみたい。


「  さんも散歩好いとうね?」

歩いている途中でばったり出会った、隣を歩いてるはずの千歳くんの声が空から降ってくる。千歳くんを見るには上目遣いを越して顔を全部上向かせなければならない。私の身長が学年一低いのと千歳くんの身長が学年一高いのがそれの一番の要因であることは明らかだ。

「うん。なんか今日みたいな天気がよくってふかふかした日ってぶらぶらしたならへん?千歳くんもよく旅してるよね」

ふらふらふら。授業に漸く来たかと思えばまたいつの間にか居なくなっていることもしばしば。何してたん、と尋ねてみたら「子猫ばおったけん、遊んどった」と無邪気な笑顔で返す千歳くん。
やりたい時にやりたい事をする。屋上でお昼寝したり裏山に探索しに行ったり。私が四角に伸びる空を見ている時、あなたは遮るものが何もない円い空を見ている。私が日常生活に使う時はないであろう幾何学の説明を聞いている時、あなたは小鳥のさえずりを聞いている。私はそこまで自由に振る舞う気はないけれど、そういうの、とっても羨ましく思う。

「ジブリはよかよ」
「ジブリ?」

くしゅくしゅとした頭を縦に振って千歳くんは笑った。

「トトロがむぞらしか」

そういえばいつだったか、忍足くんが千歳くんの部屋は寮のくせに縫いぐるみの量がありえへんとか言っていた。「こーんなどデカいトトロの縫いぐるみがあってな、ジブリショップか思うたっちゅー話や」
思わず千歳くんが巨大なトトロを抱き枕にしている姿を想像して笑みが零れた。

「なんね」
「何もないよ。ただ可愛いなぁって」
「……そげんことなか。  さんのがむぞらしかよ」

暖かなひだまりのような笑顔を向けて千歳くんは私の頭を撫でた。千歳くんの手は大きくて優しい。猫になった気分。彼と遊んでいた子猫もこの優しい掌で体を撫でられていたのだろうか。

「千歳くん」
「ん?」
「千歳くんってトトロみたい」
「なしてそう思うと?」
「ふわふわしてて何でも受け止めてくれるとこ」

それで私がメイちゃんでね、私はずっと千歳くんを探し続けるの。

そう言ったら千歳くんは豪快に笑って私の頭をまたクシャクシャに撫でた。

「探さんでよかとに」
「だって千歳くんいっつもふらふらしてるんやもん」
「そしたらこれからは二人で出掛けんね」
「、うん!」
「  さん」
「なに?」
「好いとうよ」
「!わ、私も好きだよ千歳くんのこと」

ふんわりと私を抱き締めた千歳くんの、まっくろくろすけみたいな髪が頬に触れる。

メイちゃんが探し続けていたまっくろくろすけにトトロ。見付けてもすぐにいなくなってしまうから、私はやっぱりあなたを探し続けるのでしょう。だけど私があなたを見付けた時には優しく受け止めてね、抱き締めてね。それから手を繋いでこんな道を歩こう。お日さまとも手を合わせればきっと私達、あなたの好きなたんぽぽの世界にも行ける気がする。




20100602
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