短編 | ナノ


太陽の光をいっぱいに受けている屋上のコンクリートは、しかし冷たかった。仰向けに寝転がると背に感じたのは無機質な冷たさと固さだった。気持ちが良いとは言い難い。腕を枕にして空を見る。雲が何を焦っているのかさっさと流れていく。風が枯れ木を揺らす。コンビニの袋が空を泳いでいた。世の中は移ろい在って成立する。

花壇の水やりを終えたのだろうか、赤いゾウのじょうろを持ったまま幸村くんは私の顔の真横に立って私を見下ろした。幸村くんには何の表情も無くて言いようのない恐怖が背中に感じる冷たさをより一層感じさせた。ただそのまま幸村くんと視線を合わせていると不意に幸村くんがじょうろを斜めに傾けた。勢いよく水が私に降り注ぐ。水の粒はバシャリと大きな音を立てて私の顔周りに落ちた。スローのような、けれど本当は一瞬過ぎる一瞬の絵は綺麗だった。吹き荒れる風が顔を濡らした水と一緒に熱を奪う。睫の滴で世界が揺れて見えた。ぼやけた視界には何が映っているのかよく分からない。瞬きをすると世界は厭なくらい鮮明にその輪郭を現した。青すぎる空にさっき迄あった雲はどこにも無い。透ける空気。


「寒い……」

段々腕が痺れてきた。見ると爪が薄黄色に変わっている。それを幸村くんに見せると彼は唇は紫だよ、と笑った。「それはあなたのせいだよ」と唇を尖らせるとごめんね、と幸村くんは全く悪く思ってなさそうな笑顔で謝る。あの無表情な彼はそこにいなかった。少し安堵した。そろそろ起き上がろうと腕を立てるも力が入らなくて、そこまで血が止まっていたのだと漸く気が付いた。その様子に幸村くんはおかしそうに目を細めて仕方ないな、と腕を伸ばして私の手を待った。幸村くんの手は透けていた。それに私は触れることを躊躇い、すると幸村くんはどうしたの、と切なそうに笑うばかりで、今度こそ世界はぼやけて揺れて、だがくっきりと私の視界は実像を捉えている。ここで彼がぼんやり揺れてくれさえすれば私は笑うことが出来るのに。何でもないよ。私はすっかり上手くなってしまった笑顔を向けた。ゆらゆら。すぐそこにいると感じていた幸村くんは確かに手の届く場所にいた。けれど私にはとても手を伸ばす勇気の無い場所だったのだ。




20101112 入院の合間に学校に顔を覗かせた幸村と。
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