短編 | ナノ

 いつもふうせんガムを膨らませている丸井くんのくちびるが学年で一番にかわいい女の子のくちびるを食べている。夕方の特別教室の隅っこ、人目の付かないその場所にいつ移動したのか彼女は覚えていない。朝からいたのかもしれないし昼からいたのかもしれない、けれど丸井くんは夕方に一人で教室に入っていったから、少なくともそれより前から彼女はその場所にいて丸井くんを待っていた。
 彼女はうっとりとした様子で目を閉じて丸井くんの背中に手を回している。丸井くんは何度も頭の角度を変えて、彼女とのキスをむさぼっている。彼女は徐々に余裕を無くしてゆく、白い頬はすっかり真っ赤なりんごのように染まりあがり、体も自分では支えられなくて丸井くんに支えられてようやく立っている、その様子を丸井くんは薄目を開けて確認している。
 ついに立つこともできなくなった女の子を丸井くんはゆっくり床に座らせた。彼女は白濁がかったぼんやりした意識の中で逃げなきゃと思った。全身からあまいにおいを漂わせる男の子は彼女にとってあまりにも甘美で、過ぎたそれによって自分は腐り落ちてしまうのではないかと思われた。しかし危ないと分かっていつつも誘惑に負けてしまう。床に座り込む彼女の肩に手を掛ける丸井くんを拒むことは彼女にできなかった。なすがまま床に押し倒される。頭の中でくるくる赤いランプが回って逃げろと告げている。とても分かりやすく。彼女はぱくぱくと口を動かす、しかしくちびるはとうに使い物にならないものであった。丸井くんはにこっと笑う。丸井くんのむらさきいろの瞳はすでに彼女の目を食べ終えている。あまいにおいに充たされた鼻、あまやかな言葉を流し込まれ続けた耳。思考ももうじき霧散するだろう。彼女の虚ろな瞳に溢れた涙を舌ですくうと砂糖水のような味がした。


 丸井くんは自分が世界で一番かわいい存在でなくてはならないと考えている。けれどかわいいはいつか朽ちることを丸井くんは知っていた。だから丸井くんは、いつの日からか「かわいい」女の子を食べることに決めた。いつも甘いものを体に巡らせておけば、朽ちるスピードをすこしでも抑えられるのではないかと考えたからだ。丸井くんは自己中だが、優しさもちゃんと持ち合わせている。女の子がしあわせな気持ちのまま、食べられていることに気づかないまま去り行けるように、気を配っている(そうした方が恐怖を感じたままよりも甘みがあっておいしいから、という理由はあえて伏せておく)。
 ところで丸井くんは人喰いではない。食べるのは肉体ではなくその存在である。だから丸井くんが「食べた」としてもそこに彼女たちの残骸は残らない。彼女たちは透明になってゆく。そしてみんなの記憶から抜け落ちてゆく。もちろん、丸井くんが彼女たちを食べ終えた時、丸井くんの口元に血の汚れはない。ただいつもより彼のにおいが崩れかかかった甘ったるいものに変わっているだけである。そのにおいで丸井くんは次のかわいい女の子を呼ぶ。
 かわいい女の子を食べて丸井くんのかわいさが保たれるようになって何年になるか、もう分からないけれど、たくさんのかわいい女の子を食べてきた丸井くんはかわいいの過剰摂取、砂糖に犯された脳は働かなくなって自分のお砂糖に酔いつつあることも分からない。丸井くんはもうじき腐る。




20140629

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