短編 | ナノ



まい すこし 幸せ

退屈そうに頬杖付いて欠伸をする切原くんの姿を視界の端っこに収める、毎日。だからこのままだと、きっともう直ぐ彼の目蓋は閉ざされることを私は知っている。まだカクンカクンとは揺れていないないけれど。でも、もう直ぐ。
暗号のような数字が並ぶ黒板に目を移す。一応はノートに書き写しているけれど意味は全く分からない。耳に入っては抜ける呪文はまるで子守歌のようにも。授業を受ける時に頬杖付くと眠ってしまいそうになるから、私はしない。数学のくせにノート集めなんて面倒なことしてくれるから寝られない。とりあえずシャーペンを走らせている。

あ、倒れた。

黒い影が何の躊躇いもなく机に落ちたのを見届ける。やっぱり、寝ちゃった。頬杖付いて、観察体勢。そう、と自然な感じで視線を横にズラす。切原くんは机と向き合う感じに突っ伏していて顔を窺えない。こっちを向いて寝てもらえないかなぁ、なんて。ため息。真っ黒い頭を眺める。切原くんの根強いくせっ毛はプールから上がった直後でさえうねったままだった。彼はそれをコンプレックスにしてるみたいだけど私は好きだ。ストパーでも当てて髪が真っ直ぐになった切原くんは、それはそれでかっこいいと思うけど、今の髪型の切原くんが私はいい。切原くんがいつか自分のくせっ毛を愛せるようになれるきっかけをつくりたい。……なんて、そんなこと、話せるような関係にもなっていない私は遠くの方から願ってる。
クラスでも中心的な存在の切原くんと、どちらかと言えば陰の方でひっそりと過ごす私。明るくて可愛い女の子は何の障害も無く簡単に彼に話し掛けられるけど、私は違う。男の子と会話だなんて中学に上がってどのくらいしたかな、多分、片手で数えきれるくらい。それも中身のある話なんて、いくつも無い。どうやって話掛けたらいいんだろう、その術が分からない。

「なぁ、アンタいっつも俺のこと見てるよな」

もぞり、眠ってしまったとばかり思っていた切原くんは体を起こすとこっちを見た。灰色混じりの深緑と初めて視線がかち合う。思わずシャーペンを取り落としそうになった。今誰に、アンタって、私……?瞬きをいくつか、切原くんはやっぱり私を見ている、彼の両の目に私が映っている。唾を飲む。

「何か用?」
「べ、別に何でもないよ」
「ふーん、……あっそ」

声が震えないように、目が泳がないように、気を付けて答える。なるべく、自然に。切原くんは気怠そうにして、また机に突っ伏した。そんな素っ気ない態度をされたら私はどうしたらいいか分からなくてしまう。怒ってる?でも怒らせてしまうようなことはしてないし、そもそも一言返しただけで──、

「言いてぇことがあるならさっさと言えば」
「え、」

一人で悶々としていると、切原くんは面倒臭そうに言葉を吐いた。今度は体を倒したまま、欠伸付きで。

「アンタも丸井先輩とか仁王先輩のこと知りたいあれだろ?」
「ち、違うよ!」
「ああ、じゃあ幸村部長の方」
「違うってば!そんなんじゃなくて、あのね、私はいいと思ってるの、その、切原くんの髪、ワックス要らないし、そのままでも、だから、その、ストパーは当てないで、あ、別に当ててもいいんだけど」

自分でも何を言っているのか途中で分からなくなった。テンパるといつもこう。浮かんだ言葉を脳を介さずにただ発してしまう。頭を抱えたくなる。
ただ私は丸井先輩や仁王先輩や幸村先輩の情報を切原くんから聞きたくてその期をはかっていたんじゃないってことを伝えたかっただけなのに。
馬鹿丸出しみたいな、益々機嫌を損ねてしまったんじゃないか、切原くんはまどろっこい台詞嫌いそうだし、特にこんな意味分かんない言葉の羅列、どうしよう。恐る恐る切原くんの表情を窺う。切原くんはしばらくきょとんとした顔の後、おかしそうに笑いだした。

「アンタ意外と頭悪ぃんだな」
「え、あ、」
「何かアンタが人のこと見てる時って柳先輩に似てんだよな。だから色んなこと計算してんのかって思ってたんだけど、今のじゃそりゃねぇな」

何だろう、結構散々なこと言われている気がする。だけどずっと見ているだけで終わりだと思っていた切原くんが私に笑いかけてくれている。ひまわりみたいな、私が好きな笑顔の切原くんに「酷いよ」と釣られて私も笑う。

「あーそれでさ、わりぃんだけど数学のノート貸してくんね?」
「う、うん、いいよ」
「サンキュー、恩に着るぜ。ホントは先輩等の情報との交換条件の予定だったんだけど、今度ジュースでも奢っから」

そんじゃオヤスミ。ひらひら手を振って今度こそ腕の中に頭を置いて眠る体制に入ってしまったみたいだった。おやすみ、と返してからふやけてしまいそうになる口元を髪で隠すべく頭を垂らす。ばくばく煩い心臓、熱を持つ頬。落ち着け落ち着けと黒板に視線を戻すと最後に写した数字が一番古いものと化していた。急いで書かなければ。でも字体は今までのよりも少しだけ可愛くしよう、女の子っぽく、だけど見やすく。シャーペンを手に取るのがいつもより緊張して、それが何だか嬉しかった。

ジュースはいらないから友達になって下さい

ノートの片隅に書いた言葉、渡してから恥ずかしくなってその日中、顔を向けられなかった。次の日の放課後、切原くんから返ってきたノートには筆圧の濃いへたくそな字でよろしくなと書かれていた。それから、メールアドレスも。慌ててノートから顔を上げるけれど切原くんの姿は既に教室に無く。あっという間に消えてしまった本人の代わりに彼の机を見詰めながら何を送ろう、どのタイミングで送ろうかと考える。さっさと教室を出て行ってしまった切原くんのその足取りが不自然に慌てていたことを私は知らない。




20110925
Happy birthday 赤也!


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