短編 | ナノ

 珍しく布団の中で、行儀良く、仰向けのまま、目を覚ました。ぱっちりと、自分でも驚く程、ぱっちりと、目を覚ました。怖い夢を見ていた訳でも、落雷が轟いた訳でもなさそうで、しかし意識は寝起きにも関わらず、はっきりと、覚醒してしまっている。真っ暗、としか分からなかった部屋の様子が、目が慣れていくのか、徐々に輪郭を浮かび上がらせる。時計の針は、恐らく、二時辺りを差している。なあんだ、横になってからまだ三十分も経っていない。再び目を閉じる。だのに眠気はどこへ行ってしまったのか、全く以て眠くならない。困った、と布団から抜け出すと、途端に冷気が体に纏わりついて、何故だか急に幸村くんに会いたくなって、気が付くと私は一つ上の階の、彼の部屋に向かうべく、足場の危うい階段をカンカン鳴らせて上っている。

 幸村くんは、今何時だと思ってるの、と困ったような笑顔を浮かべながらも、仄かに暖かい彼の部屋に迎え入れてくれた。今まで起きていたことをきちんと畳まれた布団から知る。私はベッドの縁に腰を下ろした。机の上に積み重ねられた分厚い資料に、数枚のルーズリーフ、開かれたパソコンの文章作成画面、誕生日にあげたしろくまのマグカップが目に入る。

「こんな時間まで課題してたなんて珍しいね。幸村くん、要領が良いから、提出期限ぎりぎり迄レポートを溜めておくようなこと、しなさそうだと思っていたのに、意外」
 と私が言うと、
「俺だって終わらない時くらいあるよ」
 と、苦笑混じりに返された。手早く用意された、ゆるく渦巻いたホットミルクが入ったマグ(これは幸村くんがいつの間にか用意してくれていた、赤い水玉にねこが一匹描かれた私専用のものである。幸村くんチョイスのそれは、ねこがかわいいともかわいくないとも何とも言い難い絵柄で、その微妙な立ち位置が私の好みに大ヒットを打ち出し私の中で大のお気に入りになっている。さすが幸村くんである)を私に手渡して、彼はパソコンの前に、詰まりは私を背にして座る。

「幸村くん、折角私がここに居るのに、背を向けるとは何事」
「俺は今忙しいからね、お前に構ってあげた時間はそれで十分だろう?」

 手元のカップを見る。ふわりと伸びる蜂蜜の匂いがやさしい。幸村くんは、私がホットミルクに少しの蜂蜜を垂らしたそれが好きなのを、そう言えば、いつ知ったのだろう。言った覚えは無いし、それとも、幸村くんも同じものが好きなのかなあ、こうして、夜遅くまで起きている時、幸村くんもこれを飲んだりしているのかなあ、胃にとくとくと落ちる温かさを感じながら、そうなのかなあ、と、考える。しろくまのマグの中身がそうだったらいいな。好きな人と同じ物を好き、って、何だか嬉しくなる。
 カタカタと弾かれ続けるキーボードの音、何のレポートなのと聞いたら「飴と鞭についての考察」

「……幸村くん、それはこんな遅くになるまで資料を集める必要があったのかな。集めなくても幸村くんなら十分書けた論題なんじゃないのかな」
「フフ、何だか引っ掛かる言いようだね。うん、そうなんだけど、だからこそもっと知識を深めておきたかったんだ」
「ふうん」

 単調なキーを叩く音と紙が擦れる音とアナログ時計が時を刻む音だけで、この空間は事足りていた。幸村くんは黙々とレポートを仕上げることに専念していて、それきり話し掛けてくれなかったし、振り返りもしなかったし、言う所の放置プレイで、だけど私もそれで十分だった。その沈黙が心地良く身に染み入った。雨が降っている訳でも、不必要に明るい外光がチカチカしている訳でも無い、テレビも付いてない、ただの静かな真夜中。エアコンは切られていて、室内の温度は段々下がっていくようだった。冷えた両手で包んでいたからか、ほんのりと温かかったマグもその温もりを失って、一口二口残しておいたミルクはすっかりぬるくなっている。私はそれをちびちびと啜りながら、幸村くんの背中を眺める。それだけで幸せな気分になれるのだ。



 幸村くんがうん、と大きく伸びをして、肩を回して、私を振り返る。レポートが完成したらしい。目が合うや、幸村くんはまた、困ったように笑った。

「寝とけばよかったのに」
「目が冴えてたから」
「そう」

 幸村くんは私の隣に場所を移した。嬉しそうな、愛おしそうな目をしている。それが私も嬉しくてにへらと笑う。すると腕を伸ばされて、何だろうと思うと頭を優しく撫でられた。いい子いい子とするように、撫でられる。

「なんか、犬みたいだよ」
「フフ、ねえ、かわいい」

 ばかにされてるみたい。いつものことだけど。だけど幸村くんの撫で方があまりにも優しいから、私はそれを振り払わずに、寧ろ心地がよくて暫くそのままでいるとうとうととしてしまっていたのだった。今まで鳴りをひそめていた眠気が、幸村くんの手によって覚醒されたらしい。彼の肩に凭れ込む。眠気があるにも関わらず、尚も冷えた私の指先を包み込んで、おやすみ、と幸村くんはやわらかな声音で、耳元に囁いた。私は重力に従って、既に半分ほど降りていた目蓋を完全に閉じる。

「おやすみ」




Goodnight,sweet dreams.
20111223

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