さく、さく、という小気味よい音がだんだんゆっくりになっていき、しまいには、ぐす、ぐす、という嗚咽に変わった。
またか、と隣にいた三郎は気付かれないように溜め息をついた。だから人一倍目の大きい兵助ではなく、自他共に器用で通る自分がやったほうがいいに決まっていたのだ、と馬鈴薯を洗う手を止める。その方が絶対効率的で、料理で一番大切なことは手際の良さだ。やると言ってきかなかった兵助をまるめるのが面倒で、じゃ、頼むわ、とあっさり投げたさっきの自分を三郎は恨んだ。

「う、いたい、…うぁ」
「ばっ!!おま、こするな!!!」

兵助は一応秀才だ。秀才で通っている。ただ、同級生からすれば、なかなか抜けている。抜けているというか、不可解なところがある。玉葱を切った手で目を擦って泣き出すなんて、下級生の中でもそうそういない。ましてや食堂当番を何回もしている上級生が。

「なんなのお前わざとなの?」
「いっ…ぐ、いたい…のだ…」
「はいはい井戸で手と顔洗ってこいよ。あとは私が切っておくから」
「いや…あとちょっと、だから…」
「目ェ開けられないくせにどうやって切るつも、」
「あとちょっと」

り、と続けようとした三郎の目の前で兵助は目尻からぽろぽろ涙を流しながら目を瞑ったまま包丁を玉葱に差し込んだ。そして、さく、さく、と手探りで手を動かす

「あぁあああそんなの絶対指切るだろうが阿呆かお前はァアアア!!」

ので、三郎は兵助の後ろに回って包丁と玉葱を持つ手に手を添えた。兵助の意志を折ることは基本的に皆、5年前から諦めている。兵助は律儀で頑固な上に後に引きずる方だった。三郎も馬鹿ではない。要は料理に大切なことは効率のよさだった。
まぁた三郎がとばっちり受けてんなぁ、と、遅れて手伝いに来た八左衛門は人参を抱えながら勝手口でしばらく黙って2人を眺めた。






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