村のがんぜない子どものようにわあわあと泣き叫びが聞こえないように耳をふさぐ。聞きたくありませんとわかりやすく意思表示すれば、まるで見えているかのように板壁の向こうからの声が大きくなった気がした。
 泣くな、泣くなと八左ヱ門がなだめているのもすっぱり遮断する。追い出してあるのか、雷蔵の気配はない。
 聞き耳の代わりに向けていた視線を正面に戻して、勘右衛門は声をかける。

「お疲れだね、鉢屋」

 兵助がろ組で泣き出したからあやすのは八左ヱ門で、い組に逃げてきた鉢屋の相手をするのが勘右衛門だ。ぐったりしているのを見るのはかなり楽しくて、気分にはちょっとくらいの同情がまざるだから相手をしてもらっているようなものだ。

「毎度毎度、私がなにをしたと言うんだ……」
「なにもしないのがいけないんじゃないの」
「したらしたで、泣くくせに」
「だって、それが兵助だから」

 子どもとちがうところは泣くのにも理由があるというあたり。ただし兵助のそれは正当であると同時に鉢屋に対してだけ笑えるくらい理不尽だ。そして兵助にとっては泣き出すほどに大事件で。
 もう私が泣きそう。頭をかばうように寝そべった鉢屋が本当に泣きそうな声で力なくつぶやく。
 勘右衛門としては鉢屋の泣き顔とかものすごく見たくてたまらないのだけれど。たっぷり自慢してやれば、きっと兵助はずるいだのなんだのと鉢屋の前で泣くのだろう。

「目の前で鉢屋が泣いたら、びっくりして泣き止むかもよ。兵助」
「本末転倒だろう、それ」

 まあね。わかっていて、勘右衛門は言ってみた。想像してみて、なんて面倒くさい状況なのだろうと思った。






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