鉢屋なんてだいきらいなんだ、という嗚咽がどこまで本当なのかわからない。頭のてっぺんから爪先まで鉢屋と舐め合った仲であるくせに何を言いだすのやら。子供じみた悲壮感を撒き散らして兵助はなおも惚気る。おれの膝は手拭いじゃないのになぁ。

「鉢屋の顔なんてもう見たくもない…」
「見たことあるんだ?」

そういじめてやれば、兵助はぐしゃぐしゃの顔を手の甲で拭いながらこっちを見る。そして改めてぶわっと涙をあふれさせて、勘右衛門もきらいだ!と背を向けて畳に転がった。どうせ兵助が好きなものなんてもの言わぬ豆腐ぐらいなんだろう。

「じゃあ鉢屋ちょうだい」
「だめ…」
「だろ?」
「でも絹ごし豆腐3丁くれるならいい」
「あれ、その程度なの?」
「その程度なのだ」

ふうん、と頷いて、ぐすぐすと背を向ける兵助の上にかぶさった。肩を掴んで手をついて、互いの呼吸が聞こえる距離で見つめ合う。
濡れたまつげと澄んだ黒眼は無表情のままおれを捉えた。そんな無反応をされたらおれが戸惑うことぐらい分かって欲しい。でも分かっていないからまだ救いようがある。

「でも、ほら、兵助は俺と口付けできないだろ」

やわらかに広がる黒髪を一房すくって笑ってやる。そんな気はないけど、2人に嫉妬しているのは本当。永遠にこの平行線のままいるつもりなら、いっそ別れてほしいと思う。おれはおいしいとこ取りが好きだし、損な役回りは性に合わないから。
たっぷり目を潤すのに十分な瞬きをしたあとに、口ぱくに近い小さな声でごめん、と囁いて目を伏せた。






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