シガレットケースから抜いた一本をくわえて誰にもらったのかもおぼえていないジッポを手のなかで鳴らす。ひと息に吸いこんで、毒のまわる酩酊感。煙とアルコールがいい感じにブレンドされて霞がかったり晴れたりのミルフィーユだ。甘いものでないことだけはたしか。
 それにしたって男は阿呆だ。金をもった女が馬鹿なら男は阿呆で、金のない野郎は輪をかけた上にただの愚か者。アルコールに弱い隙を見せてちょっと無防備な格好で舌を足らなくさせただけですぐに脈ありと考える。やわやわ笑えばイチコロだ。
 その気があればなだれこんでもいいけれど今夜は阿呆を釣り落とす前に連れ出されてしまった。
 もう夏も近いというのに自分で言って寒いが花泥棒はマナー違反だ。それなのに盗人は大量生産のポロシャツとジーンズの冴えなさで三郎の手首をぎりりとつかんで引いた。ひょろいくせに握力ばかりある手の熱さがこちらのうすい熱に浸透して、いまになってようやく張られた頬が痛み出した。
 さて、なかなかに評判の三郎の顔に一発くれた兵助と来たらぐずぐず泣きながら左手で目もとの証拠隠滅をはかっている。利き手は三郎のそれをがっちり拘束して引っぱるのをやめない。気分的には犬の散歩だ。犬の散歩がしたい飼い主に付き合う犬の気分。

「おまえ本当なにしたいの」

 紫煙を吐き出して名前を呼べば振り返る代わりにひと際大きく鼻をすするのが聞こえた。耳をわるくすからやめろと言っても聞きやしない。
 期待できない返答をあきらめ、V字の衿をくつろげて気休め程度に風を入れる。
 いつになく重たい夜だ。風もない、月もない。星も見えない都心の公園は夜中に人気もなくて水中のように肌が濡れた。ほんの二〇分前まで快適なところにいたのだから身体がじめついた夜の熱気についていかない。
 明けない梅雨みたいに泣く男を慰めるのは女以上に面倒で、路地を三つ曲がったところにあるわが家に着く前になにかしら思いつくだろうかと、三郎はうまくもないフィルターを噛みしめる。






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