ヒロトは椿の花みたいだと思う。彼の赤い髪は俺に艶やかに咲く椿の花を連想させた。椿は時期が来ると花の根本からもげて落ちる。綺麗なまま枯れる。いつかヒロトも突然死んでしまうんじゃないかと、たまに不安にかられる。あの幻想的な翡翠の瞳と透き通るような白い肌は、まるでお伽話の中の登場人物みたいで。生きているというリアリティが薄いのだ。要するに俺は怖いんだ。ヒロトを失うことが。
「何かあった?」
俺はポーカーフェイスを装ったつもりだったが、ヒロトに呆気なく見破られてしまって動揺した。やっぱり彼には敵わないなと思った。
「…分かる?」
「分かるよ」
何年一緒にいたと思ってるの、と苦笑混じりに彼は言った。確かに、と思った。確証は無いが俺もヒロトが悩んでいたらすぐ分かると思うから。俺よりは幾分平常を装うのが上手いだろうけど。ヒロトはその後何も言わなかった。多分俺が言い出すのを待っているのだ。無理に聞き出そうとしない彼の優しさが、嬉しかった。
「ヒロトは、さ」
やっと口を開いて吐き出した声は思ったより少し低かった。変わらず俺を見ているその目に、俺は問い掛けた。
「消えたりしないよね」
言ってすぐ後悔した。言うべきではなかったと。絶対変に思われたに違いない。ヒロトの目が直視出来なくて床に視線を落とす。そうだ、そうだよ、消えたりする訳無いじゃないか。何を馬鹿な事考えてたんだ俺は。空気に堪えられなくて訂正しようと開いた口が音を発することはなかった。不意にヒロトの手が俺のそれに重なってきたのだ。触れた手は俺より少し冷たかったけど、確かに体温が感じ取れた。
「俺は、消えたりなんかしない」
「リュウジを置いて消えたりしないから」
一度流れるような瞬きをしてから、ヒロトは言った。その静かな緑は昔のような底冷えした脆い残酷さを孕んではいなかった。
変わらない、優しい色。
胸の中にあった蟠りが、溶けていく。やっぱりヒロトには敵わないな。不覚にも涙が出そうになったのは秘密だ。