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それはずいぶん昔の話。
王立学校で起きたとある日の日常的な、しかし日常的ではない日へのカウントダウンがその日に起きた。
「おいケネス!またメアリーちゃんが上回生につれてかれたぞ!」
そんな同級生の声に顔を上げたのは、顔立ちの整った青年だった。長い前髪から覗いた碧眼に黒い瞳が、スッと細くなり、彼は椅子から立ち上がった。
「‥どこへ」
声変わりの過ぎたばかりの低い声に、教室にいた女子たちが羨望の視線を投げかけるが、本人は気にもしない。
「西棟の三階で見た」
「そうか…ありがとう」
一言言うと、ケネスは教室を出た。廊下に出れば、すれ違う生徒が慌てて彼に道を譲る。生徒だけではなく、先生でさえもそうであった。
彼は迷わずに廊下を進み、そしてドアを開いた。使われていない空き部屋に、ケネスよりも年上の男が七人、それから手を縛られた美少女が、涙をながして床に押し倒されていた。
「来やがったぜ、冷血仮公爵」
ニヤニヤと男たちが笑うが、ケネスはむしろ少女しかみていない。
「‥いい加減危機感を持てメアリー。毎回俺が来るとは限らない」
ケネスは言い、スタスタとメアリーの元へと歩み寄る。完全に男たちなど眼中なない。
「ふざけんなよガキ!!」
その態度が気に入らなかったのだろう。一番近くにいた男が殴りかかったが…
「グハッ」
男が宙を舞う。床に体を叩きつけられた時には、男は気を失っていた。
「邪魔だ退け」
淡々と言ったケネスに、一斉に男たちは襲いかかる。それをヒラリと避け、首筋に肘を打ち込み蹴りを喰らわせ…気づけば全員が床に倒れていた。
「無事かメアリー」
ただそう呟いたケネスの手を見て、メアリーが声を震わせた。
「兄様‥指…」
言われて視線を自分の右手に向ければ、確かに小指の先から僅かに血が滲んでいる。ケネスは小指を舐めるとゴシゴシと乱暴にハンカチで指を拭う。ため息をつき、彼は腰の短剣を抜いた。
「‥痛くない。大丈夫だから一々泣くな、女々しい」
「わ、私、だって女の子だもの!」
ポロポロ泣くメアリーの腕の縄を短剣で切り、ケネスは彼女を軽々と背負う。部屋を出て、ケネスは階段を登っていった。授業に出る気はないらしい。
「‥そのうち本当にテゴメにされるぞメアリー。頼むから‥」
屋上に出れば、先客がいた。ケネスは黙り込み、顔をしかめる。
「あのさ、そんなに嫌そうな顔されたら流石に傷付くんだけどさ」
シルバーブロンドが靡く。見えた碧眼に白い瞳の少年に、メアリーがケネスの背から小さく頭を下げた。
「‥授業サボって宜しいのですか?アンナ嬢」
シルバーブロンドの少年を丸々無視し、ケネスはその隣の茶髪の女性に目を向けた。少年はガクリと肩を落とし、ぶつぶつと文句垂れている。アンナはクスリと笑うと、なんてことないようにケネスに答えた。
「私は今の時間授業がないのです…アーベル様は魔法学の授業ですが」
「サラッと俺を売らないでよアンナ」
アーベルが眉をひそめるが、アンナは笑顔でアーベルの言葉を無視する。ケネスはため息をつくと、二人に背を向けた。
「‥お邪魔しました」
そして階段を降りて行く。流石に仲の良いカップルの隣で授業をサボるのはケネスも気が引けるらしい。
「アーベルとアンナ様はきっと結婚するわよね」
メアリーが屋上のドアを振り返りながらケネスの耳元で言ったが、彼はどうでもよさそうにメアリーを揺すりあげる。一階まで降り、中庭を適当にケネスは歩いて行った。
「興味ない。ホワイト家のゴタゴタに関わる気力は俺にはないな」
そう淡々と言ったケネスの足が止まった。
「アーベル良いヤツよ?アンナ様も」
どうしたのかとメアリーがケネスの肩越しに地面を見ると、小さな蝙蝠が一匹倒れていた。
「知ってる」
小さな声でメアリーに答えると、ケネスはメアリーを背中から降ろし、屈み込んでそのコウモリに触れた。
全く動かない、硬い、冷たいコウモリに、ケネスは唇を噛む。
「兄様‥」
ケネスはそのコウモリを掬い上げると、近くの木の根元にそっとおろす。そしてそばに落ちていた木の棒で地面を掘り始めた。メアリーも隣に屈んでケネスに倣い土を掘っていく。
「ねぇ兄様‥もし私に好きな人ができたらどうする?」
メアリーが急に尋ねた。ケネスは土を掘りながら、ボソボソと聞き取りにくい声で妹の質問に答える。
「‥俺にお前をくれと直接言える男なら許す。じゃなきゃソイツを殺す」
メアリーはクスクスと笑い、ケネスの前髪を土のついた手で払った。
「‥なんだ」
不機嫌そうに眉を潜めたケネスに、メアリーはニコリと微笑む。
「兄様らしいわ」
ある程度の深さになった穴に、ケネスがコウモリを入れて、上から土を被せて行く。無言でその作業をしていたケネスが、不意に口を開いた。
「‥なら俺も聞こう」
真っ直ぐにメアリーを見つめて、ケネスは真剣な眼差しで問う。
「もし、明日俺が死んだらどうする」
あまりに真剣過ぎるその問いに、思わずメアリーはケネスから目をそらした。
「‥わかんない。考えたくない」
聞こえるか聞こえないかの答えだった。ケネスはポンポンと土を叩き、立ち上がってメアリーに微笑んだ。
「そうか」
ならいいさ…
ケネスの言葉の意味も分からないまま、メアリーはじっと埋めた土を見つめていた。
当たり前の日常が崩れる3日前
よくある喧嘩と些細な怪我、偶然弔ったコウモリがつながって、ケネスとメアリーの運命を狂わせる‥
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