※『ブレイクアウト』の続きのようなもの
教室に帰って、静雄は机に突っ伏した。
疲労を覚えるほど疲れているわけではなかったが、寝る以外の暇のつぶし方が思い浮かばない。傷が癒えないまま家に帰ったら幽が心配するし、だからこれは、ただの時間つぶしだ。
誰にともなく、そう言い訳する。
どれくらいたっただろう。それでも静雄が眠ることはなかった。目は嫌に冴えている。
カタンと音がして、教室のドアが開かれたのがわかった。人が中に入ってくる気配に、ぎゅっと目をつむる。
放課後の侵入者は、静雄がいることに驚いた様子もない。近寄ってくるのがわかった。
風がざぁっと吹いて、嗅ぎなれた香水の香りが静雄の鼻をかすめる。臨也だ。
しかし静雄も驚かない。起きて暴れだすこともせずに、ぎこちなく体の力を抜いて、寝たフリを続ける。
「シズちゃん?」
本当に寝ているのか確認するように、臨也の声が響く。静雄は応えない。
臨也はそっと息をついて、前の席に座った。
こんな状況が日常となってしまったのは、いったいいつからだったか。
目が覚めたらいつも臨也がそばにいることに気がついたのは。
始めは寝首をかかれるのかと警戒したが、臨也はとくに何をしてくるわけでもない。
ただそばにいて、気まぐれに触れてくる。それだけだ。
驚いたが、その次の日も、そのまた次の日もそれは繰り返された。きっと静雄が気づかなかっただけで、これまでもそうだったのだろう。
そうして気がつけば、ケンカの後はこうして臨也と過ごす時間が当たり前になってしまっていた。
風がそよいで揺れる髪に、臨也がすっと指を通してくる。その優しい手つきに、静雄はうとうとした。
「シズちゃん」
そうっと、静雄の名前が呼ばれる。
声色はどこまでも優しくて、どこまでも甘く響く。その声で囁かれると、静雄はどうしたらいいか分からなくなってしまう。
臨也は静雄を疎んでいるはずだ。
いつもふっかけられるあのケンカが、臨也のせいというのも分かってる。
なのに、何故こんなにも切なげに自分のことを呼ぶのだろう。体の奥がジンと痺れた。
「シズちゃん、」
何事かを続けるように言葉が切られる。だが、いつもその先の言葉は紡がれない。
どのくらいそうしていたのか、だがたぶんそう長くはない時間だ。臨也は髪をすく手を止めて立ち上がった。おそらくもう消えかけているであろう静雄の腕の切り傷に、口づけられる。
「……じゃあね」
言って、臨也は来たときと同じように、そっとドアを引いて出ていった。
廊下に反響していく臨也の足音が消えるのを待って、静雄はゆっくりと起き上がる。
臨也は、いつも何を言いよどんでいるのだろうか。ぼんやりと思う。
言いたいことがあるなら、言えばいいのに。
口づけられた傷跡をなぞりながら、静雄は、いつもそんなことを考えていた。
そんな高校時代の、非日常的な日常。それを思い出したのは、静雄の目の前に立つ臨也が、あまりにも情けない顔をしているからだろうか。
「シズちゃん、」
静雄を呼ぶ声も、あの時と同じでひどく切なげだ。
久しぶりに聞くそんな声色に、身動きがとれなくなるのは今も同じらしい。
突然部屋に押しかけてきた臨也を、静雄は追い返しもせずに見つめていた。
臨也は靴も脱がずに、玄関に立ち尽くしている。
1度名前を呼んだきりうつむいてしまう臨也に、さすがに静雄も訝しんだ。
「臨也………?」
頑なに下を向いている臨也の顔を覗きこもうと近づくと、いきなり手を引かれた。そのまま抱きしめられる。
「い、」
「シズちゃん」
「っ、」
ともすれば泣き出しそうな声で囁かれて、心臓がぎゅっと掴まれたような気分になった。
至近距離から臨也の香水が薫ってきて、あの放課後を思い出させる。
夕日が射す教室。揺れるカーテン。髪をなでる優しい手。甘い香水の香り。
静かで優しい、あの時間。
「シズちゃん、俺は、君のことが―――」
ああ。
鼻の奥がツンとなって、震える臨也の肩に頭を預ける。
やっと、聞けるのか。
8年越しのその言葉に、静雄はそっと目を閉じた。
放課後のセンチメンタル
(ずっと待ってた)
††††
お待たせしました!!
相互記念にアキさまに捧げさせていただきますっ!
遅いにもほどがあるYO!
いつもお世話になってますホント。以前『ブレイクアウト』の続きが読みたいって言ってもらえたので、こんな感じに………だだだ大丈夫かしら。ドキドキ
苦情とかあったら、なんなりと言ってくだせぇ!
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