※軽音部パロ








くすんだ月をTシャツでこすってるんだ。
窓辺の君を、美しく照らしてくれ。

「おい」
「ん?」

窓ガラスに反射して、静雄がこちらを向いたのが見えた。眉間にシワを寄せて、苛々した様子で声をかけてくる。

「何してんださっきから」
「べつにぃ。窓が汚れてたから」

掃除掃除、とシャツの袖で汚れを落とすフリをする。
掃除マニアの門田のおかげで、窓ガラスは嫌味なくらい綺麗だ。

「することねぇんなら帰ればいいだろうが。チッ、だいたい何でまだ残ってんだよウゼェ」
「ひっどーい。俺がどこで何しようが俺の勝手でしょ。だいたいシズちゃんこそいつまで残ってるつもりなの」

そろそろやる気のない月にも飽きて、蛍光灯に照らされた静雄を肉眼で眺めることにする。臨也が振り返ったことによって、静雄の顔は更に険しくなったようだ。

「それこそ俺の勝手だろ。喋んなハゲろ」
「君から話しかけてきたんじゃない。何なのハゲろって。ハゲるつもりはないけど俺眉目秀麗だからハゲても絵になると思うよ?やだ何シズちゃんそっちの方がタイプなの?」
「鼻に牛乳つまらせて死ね」

イライライライラ。
効果音が宙に舞って目に見えるようだ。
静雄は片手に持っていたコード表に目を戻すが、握り締められてグシャグシャになっているソレがきちんと読み取れる状態なのかは分からない。グシャグシャというか、もうすぐ真っ二つに破けてしまいそうだ。
相変わらずのバカ力。
タメ息をつきながら、臨也は静雄を見る。
本を破くなんて可愛い方だろう。サッカーゴールすらも軽々持ち上げてしまうその華奢な手はしかし、ギターにはひどく丁寧に触れる。まるで恋人を扱うかのように………なんて、そんな些細なことでさえも心臓に引っ掛かるだなんて、どうかしている。

「おい、そこにいんなら換気しろ」

こちらも見ないで命令してくる静雄に、臨也は再度タメ息を吐いた。
この部屋にはストーブが完備されている。エアコンのない部室で冬を過ごすのは酷すぎると、臨也が調達してきた物だ。金食い虫の軽音部に出す予算はないと突っぱねてきた生徒会と、どうやって交渉したのかは臨也しか知らないことである。
そんな経緯を経てこの部室にストーブがやって来た訳だが、当初静雄がストーブの前からどこうとせず、臨也を火元に寄せつけないという子供きまわりない行動をとってきたため、「ストーブに当たりすぎると一酸化炭素中毒で死んじゃうんだよ。いくらシズちゃんでも気体には勝てないよねぇ?」と誇張した情報を与えたところ、思った以上の衝撃を与えてしまったようだった。それ以来静雄は換気に余念がない。

「えーやだよ寒い」
「寒くても開けろ」
「自分で開けてよ手足ついてんでしょ。あ、でも今だにコード押さえれない手なんかついてる意味ないかぁ」
「ああっ?」

わざと逆鱗に触れるように笑って、臨也は読みかけの雑誌に目を落とした。チッと舌打ちをして、静雄が近づいてくるのが分かる。


「もう暗ぇな」

日なんてとっくの昔に落ちていたのに、静雄は練習に集中しだすと何も気づかない。臨也の存在ですらも、その時には空気の様なものだ。
冷たい風がすぅっと部屋に入ってきて、臨也は静雄を盗み見た。


寝ぼけた風に、目配せする。
彼の髪を、もう一度揺らしてくれ。


「あれ、どうしたの2人そろって」

新羅が入ってきたことによって、臨也は伸ばそうとしていた手を止めた。静雄も振り返る。

「新羅、いたのか」
「忘れ物しちゃって……あ、あったあった」
「ノートかい?」

興味なさそうに臨也は尋ねる。新羅の手には数学のノートが握られていた。

「うん。てゆか2人とも、テスト中の部活動は禁止だよ」
「音出してねんだからいいだろ、べつに」
「門田くんと六条くんはちゃんと図書館で勉強してたよ?特に静雄は大丈夫なのかい。明日、数学だよ」

君苦手だろう?と言われて、静雄の顔はさらに渋面になる。

「僕の家で一緒に勉強するかい?セルティも会いたがってるし」
「……行く」
「臨也は?」
「必要ないね」

セルティの名が出ると静雄の空気は幾分柔らかくなる。そのことに気分を害して、臨也は手を振った。

「ま、そうだろうね」

中学の頃からの付き合いである新羅は、そんな臨也の素っ気ない態度にも気分を害しはしない。静雄は軽く舌打ちをしたようだった。かと言って、仮に「行く」と言ったところで静雄は苛立つだろうが。

「シズちゃんはせいぜい頑張んなよ?君1人のために休部なんて真っ平だからね」
「うるせぇなっ」

ガチャガチャと、それでも静雄にしたら目一杯優しくギターをケースに戻して、カバンを持ってイライラと教室を出ていく。

「わわ、待ってよ静雄くん!」

焦ったように新羅もカバンを掴む。出て行こうとして、ドアの前で臨也に振り返った。

「まったく、いつまでたっても素直になれないんだねぇ」
「何の話だい」
「女たらしの名が泣くよ?」
「……シズちゃんは女じゃない」
「ふむ、それはそうだね」

じゃ、鍵は閉めてね。と言い残して、新羅は静雄を追いかけ始める。
全く、大きなお世話だ。
臨也は毒づく。
臨也にだって分かっている。他の人間相手なら自分はもっと上手くやれるだろう。歯がゆささえ感じるだなんて、自分ではないみたいだ。
窓の外を見る。
グランドでは静雄がゆっくりと歩いていた。新羅を待っているのだろう。静雄は存外に優しい。臨也以外に。
ふと、足を止めて立ち止まる。新羅が追いついたのだろうか、開けっ放しの窓からぼんやり見ていると、静雄が振り返った。
視線が重なる。
大人のような子供のような、あの瞳が自分を捕らえる。それだけで、臨也の心臓は震えるのだ。いとも簡単に。ああもう本当に、どうかしているとしか思えないな。
臨也は薄く笑う。それを見た静雄はまた顔をしかめて、今度は足早に歩き出した。


Is this love? This is love.
君に会いたいな。
理由がなきゃ会えないなら、
何か考えないといけないね。


静雄の姿が見えなくなるまで見届けてから、臨也は壁に立て掛けられた古いギターを手に取った。


















Lady Bird Girl

(……………)
(……え、この詩、臨也が書いたの?)
(…何か文句があるのかい?)
(なぁこれもしかして…)
(黙っといてやれ、千景)




BGM:Lady Bird Girl/the pillows