嫌に静かだな。
疑問に思った臨也は仕事の手を止めて、視線をパソコンから静雄に移した。

「シズちゃん?」

問い掛けに応えはない。静雄は珍しくテレビに熱中しているようだった。
臨也は完全に仕事を放棄して、ソファの方へと足を向ける。
静雄の背後から液晶に映っている映像を覗き見て、その意外さに思わず声を上げた。

「甲子園?」

耳元で響いた声に、さすがに静雄も臨也の存在に気づいたようだ。軽く視線を寄越してくる。だがそれはまたテレビに戻された。

「シズちゃん野球好きだったっけ?」

スポーツ観戦と静雄の像がどうにも結び付かなくて、臨也は素朴な疑問を口にする。

「べつに」

静雄の返事は素っ気ない。見ると、特に地元の高校という訳でもないようだ。ふぅん、と呟いて臨也も静雄の隣に座った。
普段の野球は見なくとも、甲子園は見るといった人間は割と多い。夏の風物詩と言ってもいいだろう。仕事ではなく純粋に全力でゲームに打ち込む姿が共感を生むのだろうか。

「よくやるよねぇ、こんな暑い中」

見てるだけで暑くなりそうで、臨也はうんざりとした顔を作る。
特に今年は猛暑で、歩いてるだけでも汗が出てくる程だ。甲子園を含めスポーツ全般に興味のない臨也は、なにが楽しくてと思うだけである。

カーンと、良いスイング音が響いてボールが高く高く飛んだ。

あ、と静雄が短く呟く。液晶の中の観客も、一斉にワァッと歓声を上げた。
ホームランだ。
ホームベースに帰ってきてハイタッチを交わす選手たちは喜びに湧いている。
その表情に揺り動かされる人も多いのだろう。泣いている観客がアップで映されていた。
人は、その姿に青春を見るのだろうか。

「シズちゃんはどっちを応援してるわけ?」

いま点が入った方?と聞くと、静雄はまた短く「べつに」と応えた。取り立ててどちらかを贔屓にしている訳ではないらしい。
静雄もまた、甲子園という枠組みに、青春を見ているのだろうか。
臨也はボンヤリと考える。
おおよそ自分たちにはあるはずもなかった青春を。
清くも美しくも正しくもなかったあの青春時代。しかし確実に青かったと言えるあの時間。臨也は未だにあの時間をうまく形容できない。汚点だったとも言えるし、だが懐かしくも思う。
明確なのは、その時に想っていた存在が、今も隣にいるということ。

「毎年見てるの?」
「?」
「甲子園」

示すように画面を指すと、静雄は「ときどき」と応えた。

「ガキの頃から親が見てたから、やってたらなんとなく見ちまうんだよな」
「へぇ」

静雄が親のことを話すのは珍しい。家族構成は全て把握してはいるものの、臨也は少し驚いた。

「意外だね。高校んときも見てたの?」
「あ?あー、そうだな、毎年じゃねぇけど」

その答えに軽く苛立ったのは、高校時代に静雄がひと時だって臨也以外のことを考えていたという事実に腹が立ったからだろうか。
臨也は素早くテレビの電源を消した。

「あ、なにし」

やがんだ、と当然の抗議をしてくる静雄を押し倒す。

「いやぁ、俺たちも見習って汗を流すべきじゃないかな、と思ってさ」

そこに性的な匂いを含まして笑う臨也に、静雄は眉間にしわを寄せて顔をしかめた。

「不健全だな」

不機嫌そうな言葉とは裏腹に、抵抗する気はないようだ。臨也は無抵抗な腕を自分の肩に回す。

「健全だよ。男子のあるべき姿だろう?」
「なにが男子だ」

いい年して、と呆れる静雄に、臨也は笑った。

「いやいやいや、シズちゃんのこととなると俺はどこまでも青くなれるみたいだよ。さっき気づいたけども」
「あ?」

まさか過去にまで嫉妬しちゃうとはね。
その呟きが理解できなかったのか、静雄は怪訝そうな顔を作る。

そんな静雄にまた笑って、臨也はその唇に口づけを落としたのだった。






















Fly Away

(君は僕の青春)