※シズちゃん誕生日ネタ
真っ赤なバラの花束を揺らし、臨也は池袋の街を颯爽と歩く。
膨大な数のバラの香りを振り撒くその男に、すれ違った人々は皆一様にぎょっと目を剥いた。並の男が持っているのであればただのギャグでしかないが、人並み以上の容姿をしている臨也とバラのコントラストはとても絵になっている。ほうっと、感嘆のため息を送る女子たちの視線も混じるが、本人はまるで気にしていない様子だ。本来人間観察を好んでいるその男はしかし、その目に誰一人いれずに目標物に向かってひたすら進む。大好きな人間の群れを無視しながら向かう先はただひとつ。
今日という日は、彼の愛はただ1人の化け物にだけそそがれる。
「やぁ、シズちゃん」
尋常ではないほど膨れ上がったバラの花束をかついでいるその男に、静雄はキレることも忘れて呆然としてしまった。臨也の存在が事前に察知できなかったのも、その強い香りが臨也の匂いを掻き消してしまっていたせいだろう。
「なんだテメェ」
「なんだってひどいなぁ」
8年来の仲だろう?と、関係のないことを言って笑う臨也に静雄は苛立ちを覚える。腐れ縁とでも言いたいのか。8年もの長い時間を、望んで共に過ごしてきたはずはないことを知っていながらよくもぬけぬけと口にできるものだ。
「なんならその黒歴史、今日ここで断ち切ってやってもいいんだぜ臨也くんよぉ?」
手近にあった標識をまるで大根でも掘り出すように引っこ抜く。池袋の衆人は、静雄と臨也が顔を合わせた瞬間から遠巻きに2人に注目していた。折原臨也と平和島静雄に近づかないのはこの街の常識である。しかしながら臨也の花束の行方には興味を隠しきれないようで、野次馬めいた固まりが周囲を囲っていた。
「今日はケンカをしに来たわけじゃないんだよね、はいシズちゃん」
ぼすっと渡されたそれに、静雄は驚いて標識を取り落とす。強い香りが鼻孔をくすぐった。
「は?」
「今日誕生日でしょ」
HAPPY BIRTHDAY
そう発音よく囁かれて、静雄は顔をしかめる。
「……なんの真似だ」
「シズちゃん金髪だから、真っ赤なバラが映えて綺麗かなって」
「……あぁ?」
「思った通りよく似合ってる」
常とは違う臨也の様子に少し困惑する。なにを企んでいやがんだこいつは。
「なにも企んでなんかいないさ」
まるで心の中を読んだように臨也が両手をあげる。降伏、のポーズだ。
「ただもう限界かなって、さすがにね」
自嘲気味に微笑む臨也を訝しむように、静雄は眉をよせる。
「限界って、なにがだよ」
「もう殺し合いの仲は終わりにしたいってこと」
予想もしてなかった言葉に、静雄は微かに目を見開いた。なに言ってんだこいつは。今更。怒りや呆れや、よく分からない感情が静雄の腹の内でぐるぐると回る。
「………飽きたってか」
放った言葉は何故だか情けなく響いて、静雄はびっくりした。臨也も驚いたように目を丸くする。
「なんて顔してんの、シズちゃん」
言われるがどんな顔をしているのかなんて自分ではわからない。
「泣かないで」
泣いてなんかない。そう否定したいのに、臨也の声がひどく優しく響いて言葉を出すのを忘れた。初めて聞く声色に、静雄はどうしていいかわからなくて眉間にシワをよせる。
「……る、せぇ」
「シズちゃん」
「っ、」
距離を縮めようとする臨也に静雄はじりじりと後退する。顔を見るのが嫌で視線をそらす。
「なんか勘違いしてるようだけど、俺がシズちゃんに飽きることなんてこの先ずっとないよ」
「……………」
「この意味がわかる?」
近づいてくる臨也に手をとられる。ビクリと肩がゆれて、バラの花びらが数枚風に舞った。
「ケンカとか、殺し合いとか、もうそんな口実はなしにしよう」
「…………」
「毎年毎年さ、誰かに祝われて喜んでるシズちゃんを想像するだけで、腸が煮え繰り返る」
「な、に……」
「本当はもうとっくに、気づいてたはずなんだ……そうだろ?」
やけに真摯な声を紡がれて、静雄は身を固くする。
「…………い、まさら、」
「………うん、今更だけど、そばにいたいんだ……シズちゃん」
「…………っ」
「……いろんなことしちゃった自覚はあるよ。今までのこと、シズちゃんが気がすむまで殴っていいから」
「……しぬぞお前」
やっと顔をあげて憮然と目を合わせた静雄に、臨也は嬉しそうに笑った。
「死なないよ」
はは、と微笑む臨也に静雄はますます拗ねたような顔をつくる。
「今まではそれが1番だと思ってたんだけどね………俺はシズちゃんに殺されて、シズちゃんは俺に殺されて。それが俺の1番の願いだったんだけど、」
もうわかるだろう?と、問い掛けられる。
「8年間も殺し合いをしてるのに俺たちは生きてる。どうあっても俺はシズちゃんを殺せないし、……シズちゃんも俺を殺せない」
「…………」
サラッと髪をすいてくる臨也の手を、払い落とすことができない。それがシャクで、静雄は睨みつける目を強めた。
「………れ」
「え?」
「殴るから、目、つむれって言ってんだよ」
「い、今なの」
「ほかにいつがあんだよ」
自分から申し出たくせにひくりと顔を引き攣らす臨也に、静雄は顔に出さずに笑った。静雄の力を知っていれば、自ら殴られるなどということは自殺行為に他ならないことである。
死なないと豪語していても、病院送りくらいは覚悟しているのだろう、一気に顔が青ざめていく臨也はしかし、諦めたように目を閉じた。
こういうところが、
こういうところが、いけない。
静雄はなんとも言えない表情をつくる。またよく分からない感情がぐるぐる駆け巡った。その感情の名前を、本当は知っているのだけれども。
こうやって、臨也はいつでも静雄を恐れない。やり方は非人道的なそれにしろ、いつも対等に渡り合ってくれることが、どれほど嬉しいことか、臨也は分かっているのだろうか。
「歯ァ、食いしばれよ」
ぎゅっと体を強張らせた臨也に、静雄はゆっくりと近づく。
ちゅっ
「…………………へ」
額に触れた、予想だにしない感触に臨也は呆然と静雄を見た。
「……お、まえの言葉は、いつも間怠っこしーんだよ…………何が言いてぇのか、ハッキリ言いやがれ」
「シズちゃん………」
そうして赤く潤んだ瞳で見つめられて、ようやく、臨也はその言葉を口にする。
8年越しのその告白に、静雄は抱いているバラの花に負けないくらい真っ赤に染まるのであった。
愛をこめて花束を!
(大好きだよ)
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