※臨静前提で静+帝
「す、すみませんっ」
「うるせぇよ」
ガッと殴られて、血の味が口内に広がる。
どうしよう、どうやら自分はドジを踏んだようだ。恐怖で顔を引き攣らせながら、帝人は取り囲んでくるチンピラ達を見上げた。
「俺らの周りをうろちょろうろちょろとよぉ、なに嗅ぎ回ってんだぁ?ああ!?」
黄色を身につけた男たちが青筋を浮かばせながら睨みつけてくる。帝人は足が震えるのを止められない。
「す、すみませんごめんなさいごめんなさいっ」
別行動の青葉は帝人のピンチには気づかないだろう。どうにかして1人で切り抜けるしかないのだ、そう自分に言い聞かせる。しかし恐怖でどうにかなってしまいそうだった。自分は臆病な人間なのだ。そのことに嫌悪を抱きながらも、帝人は動くことができない。
「こいつ足ガクガクだぜ」
「情けねぇなぁ、おい!」
ドンッと突き飛ばされて、支えにもなってなかった両足は簡単に地面から離れた。どさっと尻もちをつく。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「おぉいおい、なんだこいつ」
「ホントに男かぁ?ちゃんとちんちんついてんでーすーかぁ?」
「調べてみよーぜ」
突然服に手をかけられて、混乱した。発している言葉は小学生かと見間違うような幼稚さだが、それを高校生が口にすると洒落にならない。
「やっ、やめてくださいっ」
「ぶは、やめてくださぁいだってよマジで情けねぇな」
「ケツでも掘ってマジに女にしてやろうかぁ〜?」
「ぎゃははは!」
なにを言ってるんだと驚きながらもあっという間に2人に両腕を羽交い締めにされる。下卑た笑いを浮かべたもう1人にズボンを脱がされそうになり、不快感が体に走った。
「や、やめっ」
「だーいじょうぶ大丈夫。俺がちゃあんと女にしてぶべらっ!」
ガシャァァァンっと、
この世の物とは思えない音を響かせながら、目の前の男が吹っ飛んだ。
文字通り、宙を舞った。道路標識と共に。
「……………え、」
あまりに突然の出来事に、帝人は何が起きたのかわからなかった。帝を押さえていたあとの2人も事態についていけなかったようで、ポカンとしている。
「なーにーをしーてーるーんーだぁー?テメェらはよぉぉぉ!!」
地響きにも似た声を発しながら、1人のバーテン服をその身に包んだが男が近づいてきた。
「げぇ!」
チンピラの1人がカエルのような声を上げる。
「へ、平和島静雄!」
それが池袋最強だということに気づいて腰を抜かしたようだった。 へたりこみながらもどうにか逃げようとするチンピラの前髪を静雄がつかみあげる。
「テメェらよぉ……さっきなんて言ってた?」
「ひ、ひぃっ」
「『ケツ掘って女に』……てこたぁなんだ?ケツ掘られた奴はもう男じゃねぇっつーことか?あ?」
「ゆ、ゆるしてくださ、」
「ってこたぁつまり、俺はもう男じゃねぇって言いてぇのかぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃあああああっ」
「わ、わわわ、」
「逃げんじゃねぇぇぇぇ!」
「ぎぇおええええっ」
ぶぉんぶぉんっと重い空気音を響かせて、さらに2人の男が空に舞った。
………す、すごい。
帝人は息を呑んでその光景を見ていた。いつ見ても平和島静雄は圧倒的だ。
「………ったく、不愉快なこと聞いちまったぜ」
ポンポンと砂埃をはらいながら、静雄が振り返ってきたので、帝人はすぐさま立ち上がる。
「……っ、あ、あのっ、ありがとうございましたっ」
そう声をかけられて、静雄は初めて帝人の存在に気づいたとでも言うように見下ろしてきた。
「あ……?ああ、べつに。俺がムカついただけだから」
慣れた手つきでタバコに火をつける静雄を、帝人はぼぉっと見つめる。
さっき。
聞き間違えじゃなかったら、だけど。
帝は混乱する頭の整理を試みる。『俺はもう男じゃねぇって言いてぇのか』ってことは、静雄さんは誰かに抱かれたことがあるって、ことか?
………だ、抱かれたって、えぇ!?
整理すればするほど混乱していく脳内にパニックになりながらも、池袋最強の性的なところを思わぬ形で知ってしまい、かぁぁぁっと赤くなる。
「おい、お前、大丈夫か?」
「えっ!」
「いや、なんか顔赤けぇからよ」
熱か?と覗き込まれた顔があまりにも綺麗で、帝人はさらに動揺した。
し、静雄さんってこんなに綺麗な顔してたんだ……背高いから表情なんて見えないもんな……
そんな静雄が誰かの下で喘いでいるのだとしたら………考えて、帝人はボンッと音がしてもおかしくないほど真っ赤になった。
「おい、ホントに大丈夫か?」
「だ、だだだだだ大丈夫です!僕よく顔赤くなるのでっ!」
どんな体質だと自分でツッコミながら距離を取る。
「そか?それならいいけど」
納得したような静雄に、帝人は感動に近い感覚を覚える。
………静雄さんって、優しいんだな。
「あの、本当に助かりました。ありがとうございす」
「いーってそういうのは。まぁ、今度からは気をつけろよ」
じゃあな、といって軽く手を振る静雄に深くお辞儀をして、去っていく意外にも華奢な背中をじっと見送る。
…………相手は誰なんだろう。
気づけばそんなことばかり考えている。
あの池袋最強を、組み敷ける男。直感だし、そんなわけないとは思うけど……
帝人の脳裡に1人の男の顔が浮かぶ。
折原臨也。
平和島静雄になにかできるのは彼しかいないと思った。
「臨也さんか………」
臨也さんのことは尊敬してるし、頼りにもなる……とは思うけど。
帝人は無表情になって太陽に反射してキラキラゆれる金色を見つめる。青空に映えて、とても綺麗だ。なんて美しい人だろう。
「………欲しいな」
切った唇から流れる血が不愉快で、溜まった血をペッと地面に吐き捨てた。
チリチリとした痛みが胸に走る。帝人はその痛みを、何も言わずに受け入れることに決めた。
覚醒
(非日常を我が手に)
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