※王子×庭師







「そんなに強くつかんだら、血が出るぞ」

後ろから凛とした声が聞こえて、日々也は視線だけそちらへ向けた。

「いいんです、気にしない」

見覚えのない顔に興味すら湧かず、日々也は再び薔薇の茎に手を伸ばす。手折ろうとして力を入れると、男に腕を引かれて止められてしまった。

「血が出るって言ってんだろ」
「気にしないと言ってるでしょう」

ギリッと、捕まれた腕に力が込められる。とても強い力に日々也は驚いた。薔薇の棘よりもそちらの方が痛い。

「俺が気にする」

ポイっと捨てるような動作で腕を放られて、少しよろめく。

「茎に血がついちまうだろーが」

日々也の行動を止めた動機の予想外さに、思わず「え、」ともらしてしまう。そんな理由なのか。

「それに薔薇折んなよ。景観が乱れる」

誰が育ててると思ってんだ、と毒づかれて、ますます予想外だ。

「君が?」
「ああ」

日々也には見向きもせずに薔薇が折れていないかチェックし始める。そういわれて見れば彼は作業着に身を包んでいる。庭師なのだろう。

「貴方の顔に見覚えはありませんが」
「先月から入った」

彼の返事はどこまでも素っ気ない。他の使用人たちとの勝手が違いすぎて、日々也はなんだか可笑しくなった。

「そんなに触って、貴方こそ血が出ないんですか」
「出ねーよ。お前とは触り方がちげーし」
「お前じゃありません、日々也です」
「知ってる。日々也王子さまだろ」

横暴な言い方に少しムッとして、自分を知らしめるような言い方をした日々也に、それでも彼は何事でもないかのように返した。またもや予想外だ。

「私が誰か知ってるんですね?」
「さすがに王子を知らない奴はいないだろ」

手入れが済んだのか、彼が立ち上がって振り返る。その拍子に、彼の髪が揺れた。金色の髪が太陽の光を受けて輝いている。あまり直射日光に当たらない日々也にとっては強烈だ。眩しさに目を細める。

「血が出てる」

言われて、自分の手を見る。確かに微かだが血が滲んでいた。

「こっちに来い」

大丈夫ですと言う前に促されて、日々也は大人しくベンチに腰掛ける。
その前に彼が片膝をついて、手を出せとでも言うように顎で示した。
あきらかに王子にするような態度ではない。それでも、こんな不躾な態度を取られても腹が立たないのは何故だろう。言われた通りに手を差し出した。
彼はポケットから消毒液を取り出して、傷口にかけていく。

「いつも持ち歩いてるのですか?」

今度は包帯を取り出した彼に、日々也は素朴な疑問をぶつけてみる。

「ああ」

言葉だけで肯定して、日々也の指に素早く白い包帯を巻き付けていく。手慣れているようで、とても丁寧な動作だ。
よく見てみると、彼の手は傷だらけだった。さっき傷つくような触り方はしないと言ったくせに。割と意地っ張りな性格なのだろうか。それとも努力の結果なのだろうか。古い傷跡。庭師らしい手だと思う。
日々也はぼんやりとその手を眺めていた。

傷だらけの手を、美しいと思ったのは初めてだ。
そもそも、誰かを美しいと思うこと自体初めてかもしれない。

「貴方……名前は?」
「デリック」
「デリック……」
「おし、終わったぞ王子」

包帯をちぎって先をテープで止める。彼の手が離れるのを、何故だか少し、残念に思った。

「私のことも名前で呼んでください、デリック」

無意識に出てしまった言葉に、自分でハッとする。しかしもう遅い。デリックは日々也を見上げていた。
その珍しい色の眼光に、否応なしに引き込まれる。

「日々也」

その凛とした声で呼ばれて、日々也は確かに心臓が震えるのが分かった。

ああ、

唐突に、理解する。


私は、彼に出会うために生まれた―――




























運命の人

(囚われるなら、貴方がいい)






†††††


少し違った雰囲気の日々デリが書きたかったので。

王子であることに鬱屈した想いを抱いて少し病んでいた日々也さまとどこまでも男前なデリック、でした。