※イザ→シズ
※ヤンデレ臨也
※冬のお話





おもい
あつい
くるしい

寝苦しさに静雄は目を覚ました。
胸の上に何かが乗っていて重たい。
首のあたりに何かが絡み付いて息が苦しい。
ぼんやりしている身体を無理矢理起こそうとうっすら目を開いてみる。目の前の暗闇に、殺したいほど憎い相手がいた。

「おはようシズちゃん」
「い、ざやっ」

瞬間一気に覚醒し、状況を把握する前にその気味が悪いほど全身黒ずくめの男に殴りかかろうとした。がしかし、静雄の意思に反して身体が動かない。殴りかかるどころか、指を動かすことすら難しい。

「て、めぇ!なにしやがった!」

自分の身体の異変に気づいて、静雄は上に乗っている臨也をギッと睨みつける。

「おお怖っ!やっぱ打っておいてよかったよ」


静雄の首にかけていた手を外し、臨也がコートのポケットから何かを取り出す。月明かりに照らされて、それが注射器のような形状をしていることがわかった。

「筋肉弛緩剤ってやつ。安心したよ、シズちゃんでもちゃんと効くんだね」

まぁ使用限度は越えてるんだけど、と臨也はほざく。

「それでもまだ動けるなんてやっぱり化け物だ。さすがシズちゃん」
「てめぇ……」

静雄はギリギリと歯ぎしりをする。

「なに勝手に入ってきてんだ。殺すぞ」
「あは、そこなんだ。いつでも入れるよこんなボロアパート。よくこんなとこ住めるよねぇ」
「うるせぇ死ね。なんの真似だこれはっ」
「なんの真似って」

はは、と臨也は笑う。

「いまさらそんな問いが必要?殺し合いにルールなんてないだろ」

薄く笑う臨也を静雄はギリギリと睨みつけた。

「怖い目だね」

臨也はナイフを取り出して静雄の顔に近づける。

「さすがに眼球ならナイフも刺さるかな?」
「っ、」

ゆっくりと眼前に近付いてくるナイフに、静雄は思わずぎゅっと目をつぶった。

「シズちゃん目開けて」

暗闇の中に臨也の声が降ってくる。目を潰されるとわかってて開ける奴がいるかよと、静雄は顔をそらす。そむけた瞬間、静雄の頬にピリッとした痛みが走った。
たぶんナイフで切られたのだろう。薬で筋肉が弛緩しているにも関わらず、ナイフは肉まで達さなかったようだ。皮だけが切れて血が流れるのがわかる。

「こっち見ろよ」

耳に響いた声の冷たさに静雄は驚く。いつものようにからかいが混じっていないその声色に、つい目を開けて臨也を見てしまった。

「は、シズちゃん、俺を見てる?」

頬に指を滑らした臨也が、そのまま爪をたてて静雄の肌を裂いた。

「いま何考えてる?なに見てる?」

シズちゃんの思考って本当に読めないんだもの、と臨也がつぶやく。

「同じものを見れないなら、こんなものいらないよねぇ?」

いつものように口元は笑っているのに、目だけがひどく真剣に見えた。そんな臨也の表情は見たことがない。

紡がれたその言葉は、何故だか、泣いているように聞こえた。

「臨也」
「………なに」
「今夜流星群らしいぞ」
「はぁ?」

場違いな発言に、臨也は顔を思いきりしかめた。それがなんなの。とでも言いた気だ。

「ええと、確かこと座……?」
「しし座流星群でしょ。相変わらずバカだねシズちゃんは」

バカという言葉にムッと眉をよせるが、薬のために力が出ないので殴り飛ばすことは敵わない。

「だからカーテン開けろ」
「なに、シズちゃんて天体観測とか好きだったけ?そんなロマンチストな趣味あったの?」
「うるせぇな、早く開けろ」

言われて、いったいなんなのと悪態をつきながら臨也はベッドの横にあるカーテンを開ける。
空は真っ暗だ。静雄のアパートは喧騒から少し離れたところに建っているので、街の明かりは遠くに見える。

「なんだ、流れてねぇじゃねぇか」
「……あのねぇシズちゃん」

臨也が呆れたようにため息をつく。

「そう都合よく流れてるわけないでしょ。流星群が見れるのはだいたい深夜から明け方だよ」

それにこんな都会じゃ、星なんてロクに見れやしないさ。

「じゃあどっか連れてけ」
「はぁ?」
「星が見えるとこに連れていけ」

なに言って、と臨也があっけにとられている間にも、話は進められていく。

「てめーどうせ車で来てんだろ。連れてけ」

あまりの俺様主義に呆れた臨也は拍子抜けしてぼやいた。

ホントにシズちゃんって何考えてんのかわかんない。




「さみぃ」

車から降りて静雄は身を震わせた。山の上ということもあるのか、車に乗り込んだときよりも空気が冷たく感じる。

「当たり前でしょ、そんな薄着で」

着なよ、と部屋着のままの静雄に臨也が車の中からジャケットをよこす。静雄の服だ。いつのまに持ってきていたんだと眉をひそめたが、ありがたかったのは確かなので黙って受けとる。

あれから、弛緩剤のためあまり動かない体を支えられながら車に乗り込んだ。だいぶ走ったので、都内ではないかもしれない。もう体も動かせるようになってきた。

周りに明かりが見えないためか、暗闇が深く見える。新鮮な気持ちになって空を見上げると、星が空いっぱいに瞬いていて静雄は息を飲んだ。
わ、と声をあげそうになるのをこらえて見つめる。ずっと都会に住んでいたので、こんなにたくさんの星は見たことがない。こんなに空が広いのも、知らなかった気がする。

「すげぇな……」

白い息を吐きだしながら空を見上げていると、まだ車の中にいる臨也に声をかけられた。

「シズちゃん、車の中で待ちなよ。上窓にできるから」

開けっ放しにしてるドアから容赦なく入ってくる風が寒いのか、嫌な顔をしながら催促され、車の中にもどる。そんな機能があるなら早く言いやがれ。悪態をつきながら座ると、いきなりシートがうしろに倒れたので驚く。

「な、」
「寝転んだ方が見やすいよ」

よっ、と車の天井を窓にすると、枠いっぱいに星があふれる。臨也の息を飲む音が聞こえた。

「わ、すごいな……」

星に感動する臨也なんて想像できなかったので、静雄は思わず笑ってしまう。

「なに」

じとりと睨まれる。その表情が子供っぽくて、ますますおかしくなった。臨也の前で笑うなんてどうかしてる。そう思うのになかなか止まらない。
そんな静雄に臨也も驚いたような顔をしたが、なにも言わずにゆっくりと自分のシートを倒した。

現実じゃないみたいだ。この満天の星空も、臨也が隣にいることも。なにもかもがどこか浮世離れしていて、だから自分も少しおかしくなってるのかもしれないな、と思った。

「こんなに星見たの初めてだよ」

さっきから臨也が同じことを思ってるな、と変な気持ちになる。ありえない。でも悪くない。おかしな感情だ。

「臨也、」
「なに?」
「これで同じもんを見てるってことに、なるだろ」
「………な、に」
「さっき同じものが見れないとかなんとか言ってたから……って、こっち見んな」

目を丸くしてこちらを見てくる臨也の視線を感じて、顔をそらす。

「星見てんだから、テメーも星見とけ」
「………シズちゃんさ、」
「……なんだよ」

もうホントになんなのと呆れたようにつぶやかれる。腹が立って振り向けば、臨也が思ったよりも近くで自分を見つめていて、おもわず体を引いた。

「い、」

臨也の顔がいやに真剣だ。どうかしたのかと声をかけようとしたが、臨也の顔が近づいてきて、静雄は身を固くする。

唇に、臨也の唇が重なった。

「…………なに、した、いま」
「………キス、だね」

驚いている静雄と同様に臨也も困惑しているように言葉を紡ぐ。

「なん、で」
「たぶん、好き……だからだ」

シズちゃんのことが。

そう告げられて、息を飲む。戸惑いながらも、いつになく真摯な臨也の瞳から、目をそらせない。

「シズちゃん、今さ、」

―――俺を見てる?

再度近づいてくる臨也の顔に、静雄は目を見開いた。

「あッ」
「がふっ」

突然起き上がった静雄の頭が臨也の鼻に直撃する。声にならない痛みに臨也は倒れて悶絶した。

「あ、わるい……」
「な、んなの」
「や、いま星が……あっ、」

また、と静雄が差す先を見る。その先で、星が流れた。

「流星群………」

呆然としたようにつぶやいて、次の瞬間にはすげぇと興奮気味になった静雄が外に飛び出す。

「ちょ、」

呼び止めようとする臨也の窓ガラスを、早く来いとでも言うようにゴンゴンと叩く。その姿はひどく嬉しそうで、思わずタメ息がでた。
ずっと都会に住んでいたため、流れ星なんて見たことないのだろう。こんな無防備な静雄は初めて見るかもしれない。苦笑して臨也も車から降りた。

「臨也、すげぇぞっ」

目を輝かせながら自分を呼ぶ静雄に、眩暈がする。
金色が揺れて、降り注ぐ星屑たちとひとつになっているように見えた。ひどく眩しいその光景に、臨也は目を細めて、余計なものがこぼれないように上を向く。せっかくの流れ星なのに、がぼやけてよく見えない。

ねぇシズちゃん。

臨也は目をつぶった。


君の瞳に世界はどう映っているんだろう。
君の視線にあるものは、俺にはずっとわからないかもしれないけど、

シズちゃん、

その瞳が、視線が、俺に向いてくれたら。



―――俺は。




























星に願いを

(俺を見て)





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BGM:I wanna be your world/初音ミク