「おい臨也DS貸しやがれ」

もう日常風景になりつつある決まり文句。それを口にしながらずかずかと部屋に入り込んでくる静雄に、臨也はタメ息をはいた。

「……あのねぇシズちゃん」

仮にも今俺仕事中なんだけど。と文句を言い終わる前に、テーブルに置いてあったDSを静雄は許可なく手中に収める。
この光景も、デジャブというにしては繰り返されすぎていた。
臨也は再度タメ息をついて、今度はもう何も言わずに仕事に戻る。ように見せかけてチラリと静雄の様子を盗み見た。
いつもはそのまま無心に画面内の犬(通称プリン)を愛でる作業に没頭する静雄はしかし、しばらくすると動きを止めた。驚いた表情で臨也に振り返る。
その目が合う前に臨也はパッと視線をパソコンに戻した。

「い、臨也、これ……」
「んー?あぁ、それ?そうそう3Dのやつだよ」
「だ、だってお前こないだ散々けなしてたじゃねーかよ」

言われて、臨也はつい先日の会話を思い出した。




「これは買わねぇのか?」

珍しくテレビに熱中してたからなにをそこまでと覗き込めば、なんてことない、ただのCMだった。予想は容易についたものの、「どうかした?」と尋ねれば即座に返事が返ってきた。その速さに笑いそうになる。
これ、と指さされた先には人気アイドルグループの内の2人が楽しくゲームに興じている姿が映し出されていた。
臨也はこのCMに対して、アイドル2人でっていうところで女子票を獲得しようと狙ってるんだろうなぁ、であるとか思うところは多面に渡ってあるが、今は関係ないので黙っておく。CMの裏を読むなど考えもしない静雄が示しているこれとは、いわゆるその商品。3DSのことだ。

「あぁ、これはダメだよ」

目にした途端にべもなく否定する臨也に静雄は振り返る。

「なんでだよ」

さっきの目を輝かせてる静雄も可愛かったが、むくれたように憮然をした顔もたまらなく可愛い。
静雄は自分が表情を隠すのが得意だと思っている節があるので口にはしないけど、臨也はいつだってそんなことを考えている。たまについ口に出してしまって照れ隠しに盛大に殴られることも多々あるが、泣き怒りみたいな顔をした静雄も兵器のような可愛さなので仕方ない。

「3DSいま評判落ちてるんだよ。知らない?」

臨也の問いに、静雄は素直に首を振る。

「正面から見ないとすぐブレて見えるとか充電がすぐなくなるとかいろいろ理由はあるけど、1番は目がものすごく疲れることかな」

15分毎に休憩しなきゃいけないらしいよ。と臨也は興味なさげに言う。実際に臨也はゲーム自体あまり興味がない。そもそもDSを買ったのだって静雄のためだ。

「ま、立体感やグラフィックはかなりのものらしいし、今後のソフト次第かもね」

関心はないが一応の情報を告げると、静雄がそうか、とつぶやく。
まだ真剣にCMを見つめているその横顔は、少しだけ落胆したように見えた。




臨也が動く理由なんて、それだけで十分だった、ということだ。

「べつに、知人からもらっただけだよ」

その日にネット予約した様子などおくびも出さずに、事もなげに言う。そういえばDSを買ったときも同じ言い回しをしたなと思い出した。

「へぇ、すげぇのな」

臨也の仕事柄気を遣っているのかもともと興味がないのか、静雄は深く追求してこない。感心したように手中のそれを見つめる。
態度自体はそっけなく見えるが、静雄を取り巻く空気が全く違う。そういうのがわかるのは長年そばにいるからだろうか。
そのことに幾分優越感を抱きながら臨也は静雄に見えないように薄く笑みを作った。

「これ使っていいのか?」

珍しく殊勝なことを言い出す静雄におかしくなりながら、臨也はうなずく。

「好きにしたらいいよ。貰いもんだし」

本当はプレゼントしてもいいのだが、それだと静雄は自宅で延々ゲームの中の犬にかじりつきそうだ。そんな事態はぜひとも避けたい。こんなもので静雄がこの部屋に来る理由が増えるなら喜んで浪費しよう。そんな感じで臨也の部屋には静雄の興味を引くためのものが多数存在するのである。

「うお、」

さっそく今静雄の関心の的であるプリン(犬)育成ゲームを始めたのだろう。感嘆めいた声が次々上がる。嬉しそうにプレイしている静雄を横目で見ながら満足する。どうやらお気にめしたようだ。

さて、

臨也はパソコンに向き直る。
どうせこれから放置タイムが始まるのは前のDSのときで学習済みある。それなのにまた買ってきてしまう自分にはほとほと呆れるが、そのことに関して悩むような時期は過ぎている。
この間に仕事でもしようと、臨也は気合いを入れてキーボードに手を伸ばしたのだった。




「ふぅ、」

ようやく仕事が一段落した。軽く息を吐き出しながらイスにもたれかかる。目頭を押さえたら少しだけ痛みが走った。
仕事上仕方ないとはいえ、やっぱパソコンばっかり見てるのは目に良くないよなぁと思いつつ目をつむる。最近視力も下がってきた気がするし。ふるふると痛みを散らすように首を振って、ソファの方に目を向ける。
静雄はいまだにゲーム機にかじりついていた。
時計を見るともう2時間はたっている。あれからぶっ通しでやっているなら、確実に目を酷使しすぎてるはずだ。
夢中になると他のことが見えなくなるんだから、と呆れながら静雄に近づく。

「シズちゃん」
「んー」
「目疲れない?」
「んー」
「そろそろ休憩しなよ」
「んー」
「もしかして眼球まで鍛えぬいてるわけ?」
「んー」

駄目だ。まるで聞こえていない様子の静雄に深くタメ息をはく。
仕方ないなと覚悟を決めてゲーム機に手を伸ばした。

「ていっ」
「あっ」
「15分毎に休憩って言ったでしょ」

言いながらゲーム機をソファの端に放る。静雄がなにしやがんだという目で睨みつけてくるが気にしない。

「目悪くなるよ」
「ならねぇよ」

まるで子供のような返答をする静雄に、臨也は吹き出した。

「なにその自信、どこから来るわけ。……まぁメガネなシズちゃんとかも見てみたいよね。メガネっ子シズちゃん」
「想像すんな」

避けられる速度で飛んできた拳はもちろんかわして、臨也は距離をつめる。

「可愛いと思うけどなぁ」
「だまれ。……やっとプリンが眠ってくれたとこだったのによ」

寝顔が見たかったのだろうか。そんなことを言い出す静雄にまた笑みがこぼれる。

「寝たならいいじゃない。今度は俺をかまってよ」
「はぁ?」
「わんっ」

吠えながら抱き着くと、静雄がビクリと肩を揺らした。いつまでたっても急な接触には過剰に反応してしまうのが可愛らしいと思う。

「……なんだよわんって」

馬鹿じゃねぇの、とつぶやきながらもたどたどしく肩に顔を押し付けてくるのが愛らしい。

「臨也犬はさみしいと死んでしまいます」
「そのまま死ね」
「ひどいなぁ」

けらけらと笑いながら静雄の髪の毛を弄る。少し痛んでいるからまたトリートメントしてあげないとななんてぼんやり考える。

「……テメーだって放っといてたくせに」

まだシズちゃん専用のトリートメントケアのやつ残ってたかなぁなんて考えを巡らせてたら、珍しい言葉が聞こえてきて思考が止まった。

「、え」
「……………」

肩に顔を沈めてる静雄は後頭部しか見ることができない。

「……………」
「……………」

えーと、

「………もしかして、さみしかった、とか?」

まさかね、と笑おうとしたところで、

「……わん」

そうもらして静雄が背中に手を回してきた。


それを理解した瞬間、臨也は思考を投げ出して静雄を押し倒したのだった。


















ゲームは1日1時間

(いつだって予想のナナメ上)







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CMのネタが少し古い、です、かね?すみません。

あと3DSの評価はただの聞きかじりと私の勝手な見解ですので!あしからず!