「ねぇシズちゃん、サングラスってキスするのに邪魔になんないの?」
「はぁ?」
いつものように性懲りもなく池袋に顔を出した臨也を抹殺しようと、始まるはずだった殺し合いはしかし、臨也の妙な問いによってその勢いを無くしてしまった。
何の前フリもない、そしてそこになんの価値も見出だせないような下らない疑問に、静雄は思い切り眉をひそめる。
「メガネもそうだけどさぁ。ほら、本来顔にはできるはずもない出っ張りなわけじゃない?しかもメガネよりもサングラスの方が断然しにくそうだよね」
「いきなりベラベラと何の話だ」
問答無用に物を投げてこない静雄に気をよくしたのか、臨也は鷹揚に話を続ける。
「想像を語るより実際してみた方が早いって?シズちゃんたまにはいいこと言うねぇ。論より証拠、みたいな俗物的思考は気に入らないけど、今回ばかりは諸手を上げて賛同するよ。実にいい案だ」
本当に両手を上げて見せてにやけた面で笑う臨也にギリギリで耐えていた静雄の理性はいとも簡単にブチ切れた。
言葉の通じない輩は潰すに限ると、なにか投げるものを探す静雄に臨也が一歩ずつ歩みよる。
ギロリと睨みつけてくる静雄に臨也は感情の読み取れない笑顔で笑う。手近にいいものがなかったので、ガードレールを引き抜こうかと触れた手を臨也が制す。
「な、に………」
特に力を加えられている訳でもないその手を払いのけるのは簡単だったはずで、たとえ力が込められていたからといって静雄の脅威にはなりそうもない。それなのに一瞬動きを止めてしまったのは、臨也に触れられているという、ただそれだけのシンプルな感覚に、ひどく違和感を覚えてしまったからであろう。
距離が近いため必然的に鼻孔をくすぐる臨也の香りに戸惑って、
顔を上げた次の瞬間、
口づけられてしまっていた。
「―――――――!?」
一瞬だけ触れて離れていったその形の良い唇は、ふむ、と思案するように歪められる。
「特に問題ないね」
事もなげに言う臨也に思考がついて行かない。
「シズちゃんのサングラスってけっこう小さいしねぇ。まぁだいたいキスっていっても正面からぶつかるわけじゃないんだし当然か」
「な、な、」
「ああ、でもメガネ同士の場合はどうなんだろう?」
「お、ま、さっき、なに、」
「おや、しまったもうこんな時間か。悪いけどいつまでもシズちゃんに構ってる時間はないんだよね俺も忙しい身でさぁ。その実験はまた今度ってことで。じゃあねシズちゃん、バーイバーイ!」
軽やかに去っていった臨也を呆然と見送る。はっと我に返った静雄はヨロヨロと歩いて、最初に目についた自販機を持ち上げた。
「―――――い、い、いざやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
その後、怒りに狂った静雄によって池袋の街が半壊しかけたことは言うまでもない。
そして数日後、メガネをかけた新宿の情報屋が、鼻歌まじりに意気揚々と池袋を歩いていた姿が人々に発見されていた。が、そのあとどうなったのかは、誰も知るよしのないことである。
キスしたい唇
(理由なんてただの口実)
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