椛Drrr!! | ナノ




不毛な恋程やめられないのは世の中よくある事なのか。

それともそんなん俺だけか?



カチカチと無機質な音が、部屋に響く。
トムが眺めていると、静雄はしばらく携帯で何かを打ち、無造作に自分のロッカーに入れると扉を閉めた。

ドガンッとロッカーから発せられたあり得ない音で、アルミの扉が紙のように歪む。

それを見て静雄は舌打ちをして、がりがりと頭をかきむしった。

ややあって、静雄がゆっくりと息を吐いたのを見てから、トムはその隣に立って声をかけた。

「あいつか?」

「・・・・・・。」

静雄は返事の代わりに、力無くロッカーにこつんと頭をぶつける。

「・・・・・・もう訳わかんねえんす・・・。」

絞り出された声には、ともすれば聞き逃しそうになるほどに色みが無い。

「そうか・・・。」

「・・・最近思うんすよね。もしかしたら俺はただのゲイで、たまたまヤるようになったあいつを・・・好きになったような気がしただけなんじゃ、ねぇか・・・って。」

「そうかぁ?」

「・・・・・・あいつといても、正直きついし・・・ムカつくし、楽しくねぇ、し・・・。」

静雄は体の向きを変えて、今度は背中をロッカーに預けた。そして虚ろな目でトムを見つめ、ふっと笑みを溢す。

「すんません・・・変なこと言って。いっつもトムさんに頼ってばっかっすね。」

「いや、まぁ俺の事は気にすんな。俺は俺で善意だけってわけじゃねぇからよ。」

「はは、何すかそれ。」

生気は無いままだが、それでも先ほどよりは人間味のある笑いで静雄は天井を仰いだ。

「もう、やめるか・・・。もうめんどくせぇ。」

「いいのか?」

「・・・・・・はい。」

「・・・・・・。」

沈黙が流れた。その間トムはずっと静雄を見ていた。
多分静雄も見られている事に気付いている。トムの視線から逃げるように天井を見つめ続けていたが、ずるずると床に座り込み、そのままトムを見上げる形になった。

「・・・自分の気持ちもわかんねぇのに・・・無理ですよ・・・。」

静雄はそう力無く呟いて、今度は糸が切れたようにかくんと俯いた。一度交わった視線がまたぷつりと途切れる。

ため息をついて髪をかき上げ顔を上げると、無意識的に静雄はタバコを取り出した。
それまでただ横に突っ立っていたトムだが、静雄がタバコをくわえ、ジッポをかしゃんと開けた所で、音もさせずにその前にしゃがみこむ。

静雄が気付いてトムを見るのと同時にトムはジッポを持つ手をロッカーに押さえつけ、空いた手で静雄の口からタバコを抜き取った。

「ぇ・・・んぅっ・・・!」

驚きで開きかけた唇を無理矢理塞ぐ。
静雄の目が思いきり見開かれるが、角度を変えて繋ぎ直すと今度は眉を歪めてぎゅっと瞑った。

「ふ・・・っぁ・・・ん・・・・・・!」

吐息と声が代わる代わるに洩れる。舌を吸い唾液を絡ませて、相手を根こそぎ吸い上げるようなキスだった。

「・・・ん、は・・・っ・・・。」

最後に何度か柔らかく下唇を食み、ゆっくりとトムは静雄から離れる。

「・・・分かったろ?」

ぼーっと空を見つめる静雄の頬を、トムはそっと撫で、眉を八の字に下げて、微笑みかけた。

「違うだろ?」

「・・・ぅっ・・・。」

嗚咽が洩れ、静雄の顔が歪む。静雄の泣き顔は初めてだったが、くしゃくしゃになった目から次々と涙が溢れる姿はトムの胸を刺した。

「トムさ・・・っ。」

頬をひたひたと叩き、トムは静雄ににやりと笑いかけた。

「俺の方が上手いだろ、キス。一応経験が違うからな。・・・でも違うだろ?」

静雄の目からは、ただほろほろと大粒の雫が落ちるだけだ。壊れたように溢れる静雄の涙は静雄の頬とトムの手を濡らした。

「わかってんだろうが、誰が必要なのか。恋愛なんか辛いに決まってんだよ。ムカつくし、楽しくなんかねぇよ。それでも必要なんだろ?」

「すんませ・・・俺・・・っ!」

「行ってこい。特別に早引けさしてやるから。」

最後にぽんぽんと頭を優しく撫でると、静雄は一瞬目を細めて猫のようにそれを受け、俯いて小さくありがとうございますと呟いた。
そしてすぐにロッカーから荷物を引っ張り出し、扉の前でトムに一礼して部屋を飛び出した。
それを苦笑で見送ってから、トムは深くため息を吐き、床に向かって項垂れる。

「馬鹿か俺は・・・。」

本当はあのまま、俺にしとけと言うつもりだった。
キスした時も、唇からありったけの想いを注ぎ込んだつもりだった。

だがキスすればする程、静雄からはあの男の事しか伝わってこなかった。

「ま、俺が貰えるのはこれ位か。」

トムは、静雄の口から抜き取ったタバコをくるくると指で玩んでから、そっとくわえて火をつけた。

深く肺まで吸って、吐き出す。

「苦ぇなー・・・。」

呟いた声はささやかすぎて、部屋に響くまでもなく消える。

後に残された、舌が痺れるような煙の味だけが、火が消えた後もいつまでも痛みを伴って滲みていた。







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