番外編 | ナノ
■ プール<川

『あぁ〜〜っつぃ…』

カタカタッとボタンを押し続ける音が鳴り、機械的なジリジリッという音も鳴っている。挙げ句の果てには、外では耳を塞ぎたくなるような蝉の声。しかも一匹や二匹というような鳴き声じゃない。かなりの量で鳴いている蝉達は今の自分の状態をバカにしているようで腹が立って仕方ない。いくら都会育ちだからと言って蝉の声に慣れた訳じゃない。東京はここ、長野県みたく自然が沢山じゃない。だから、こんなに蝉が鳴いてるとどうも耳を塞ぎたくなるのだ。
顔を少しだけ横にズラせば、外の景色が見えてきた。空は相変わらずの晴天。中々の青々さをしているので、真っ白い雲を見ると目が痛くなってしまう。眩しい。目を細めてから再び天井に向ければ、先程見ていた天井の色より違って見えた。気温も朝だというのにとても暑い。まだここが都会じゃなくて良かったと思ってみるが、やはり暑いもんは暑い。

うちわを片手に持っても、扇がなければ全然涼しくならないし、止めれば涼しくなった分の暑さが自分に襲いかかってくるのだ。体中から汗が出てくる気がして本当に暑い。都会に戻ったら何がしたい?そんなのエアコンの前でアイスを食べる事だ。とりあえず、それぐらい暑い。
そして、秋は何度目かとなる「暑い」を口から零した。すると、傍でパソコンを弄っていた佳主馬が、怪訝そうな表情をしてきて、床に寝転がる秋を睨み付けてきた。

「さっきから煩いんだけど」
『暑い暑い暑い暑い暑い』
「地味な嫌がらせだね」

そりゃアンタが涼しそうな顔してこっちを見ては眉間に皺を寄せながら当たり前な事を言われると、嫌でも言いたくなるわ。と心中で長ったらしく嫌味を言ってやる秋。更に音程を入れて「あ〜つ〜い〜♪」と言ってみれば、頭に拳が降ってきた。暑さのあまり痛さが遅れてやってきた。いったいなあ…!なんて言って起き上がれば「煩い」と返された。
別に好きで暑い暑い言っている訳じゃない。口が勝手に出ちゃうんだ。無意識にも言ってしまう事なんだから、私は無実だ。寧ろ何故キミは涼しそうな顔をしてるんだ。

「これだから都会育ちは困るよね」
『(ピキッ)』

確かに都会育ちにとって暑さは天敵だ。勝手に木を倒してはビルばかり建てて電気を無駄に使う。夏はエアコンで涼んで冬はコタツやストーブでぬくぬく過ごしている。だが、これはどうしてもなのだ。それに比べ、田舎育ちの人達は色々とエコ的だ。エアコンなどを使わずにうちわや扇風機で我慢している。図星の言葉に秋は何も言い返せずに、うぐっと口を紡ぐ。悔しいがコイツの言う通りだ。

『でもさあ、こうも暑いとプールに行きたいじゃん?』
「川なら近くにあるけど」
『いや、川じゃなくてさ…』

と言えば、「川とどう違うのプール」と言われてしまった。くそう、コイツちくいち煩いぞ。

『あーつい』
「それはもう分かったから」
『あちぃ』
「言い方変えても煩いには変わりはないよ」

そうは頭では分かっているがどうしても止められないのが自然な事だ。暑いと言ってしまえばずっと暑く感じてしまう。寧ろ気温上がってるんじゃないか、と疑いたくなる程の暑さ。誰かさんが寒いと言えば何とかなる!とは言っていたが、もちろん無理な話しだ。止められたらとっくの昔に止めてるわ。こんな暑さを体感するならサウナの中だけでいい。これでは、焼ける前に蒸発してしまう。

「はあ…ったく、」
『あれ、もう止めちゃうの?』

止めちゃうというのは、佳主馬が今まで使っていたパソコン。呆れるような溜め息を吐いたと思ったら、パソコンの蓋を閉じてしまった。それを見た秋が声をかければ、こちらを見下げてくる佳主馬。片目しか見えないのに見つめられるとどうしても直視出来ずに、目線を逸らしてしまう。逸らしたら逸らしたで、佳主馬はまた溜め息を吐いてきた。そんなに溜め息吐いたら幸せ逃げるぞー。

「ほら、立ってよ」
『え、何で?』
「いーから」

何なんだよ…と、愚痴りながら秋が立ち上がれば、立ち上がった彼女の右手を掴み取り、そのまま有無を言わせずにどこかへと歩いて行く佳主馬。
一方手を掴まれた秋は唐突の事だったので、呆然としていたが徐々に顔を赤くしていった。

…………
………

『…ここ』

佳主馬に連れて来られた場所は小さな川がある林。個人的にはあの佳主馬が外へ出た事に一番驚いたが。真っ白とはいかない石達が転がっており、目の前には小さな魚や蟹達が川の中に居た。陣内家から数メートルといった所にこの川があり、かなりのマイナスイオンが放出しているように感じた。都会ではあまり味わった事のない木々から発せられる酸素を思い切り鼻から吸ってみた。うむ、これが空気が美味しいって意味だったのか。改めてそれを感じられた。小さい頃は空気が食べられるから美味しいと言うのかと思っていたが、こう意味を知ると納得出来るかもしれない。
ふと、手が離され佳主馬は傍にあった大きい石に座り込んだ。パソコンは流石に持ってきてないらしいが、佳主馬が外に居ると何故か違和感。ずっと部屋の中に居る引きこもりかと頭の中のイメージが出来てしまっていた所為でもあるが。
暫くそちらを見てみれば、佳主馬が視線に気付いたらしく、こちらに視線をやってきた。

「アンタが暑い暑いうるさいから仕方なく連れて来てやったの」

プールじゃないけど、と小さく付け足す佳主馬。
…そんなにうるさかったですかい。と、目元らへんをピクピクさせながら心中で思っていた秋。だが、実際の所この林に来ると何故だかさっきまで感じていた暑さがなくなった気がする。日陰だらけだからかもしれないが、水の流れる音や木々が風に揺れてだす音や、魚が川の中を涼しそうに泳ぐ姿に、いつの間にか自分の体の体温が下がっていく気がした。
そっと水の中に手を入れてみれば、これはまた気持ちいいくらいの冷たさが手から体中に伝わった。気持ちいい。
皮肉もこもっていたが、これも優しさだ。佳主馬に感謝するべきだろう。そう思った秋は手を浸けるのを一旦止めて、佳主馬へと振り返った。

『ありがとう佳主馬!』
「…別に、」

てっきりまた嫌味でも言われるとでも思っていたのか、秋のお礼にはかなり呆気に捕らわれていた佳主馬。直ぐに平然を保ちだし、そう素っ気なく秋に返した。無愛想なヤツ、と心中で思いながら秋は再び川に手を浸け始める。
だが、足場が砂利の所為か滑ってしまった。

『うわっ!?』
「?!」

転んだ。
派手に転んでしまった。
そりゃもう清々しいくらい綺麗に顔面から転んだ。しかもここの川はかなり浅かったらしく、顔面を強打してしまった。痛い、顔も痛いけど鼻の中に水が入って鼻の中が痛い。

「…バカ?」
『あいさ…』

うう…っと鼻の中に入ったであろう水の痛さ。これを味わったのは小学低学年の頃以来だ。かなり痛い。挙げ句の果てにここの川はスゴく冷たい。おかげで鼻の中まで冷えた。そして、体中まで冷えた。思い切り川の中に入った秋の体中は全身ずぶ濡れ。佳主馬も情けないと言わんばかりにこちらを見てきて穴があったら入りたい気分だ。

「ったく、ほら」
『…かたじけない』

鼻を摘まんで痛みに耐えていれば、目の前に手を伸ばしてきている佳主馬の姿。呆れながらも自分に手を伸ばしてくれる佳主馬はやっぱり優しいと思った。だが、優しさと悪戯は違うでしょ?秋は佳主馬にバレない程度にニヤリと口角を上げて、佳主馬の伸びてきた手を掴んだ。
そして――…

ぐいっ!!

「っな?!」

バッシャァァアン!!と、期待通りの渋きと効果音が秋の目の前上がってきた。そう、佳主馬の手を掴んだ秋は川から上がろうとしたのではなく、彼をこの川に落とす為に思い切り引っ張ったのだ。引っ張った瞬間の佳主馬の表情がなんともまあ、あの冷静な時とは違いかなり焦っていた。うししっと笑っていれば、目の前からびちゃっと水の音が聞こえてきた。

「…っに、すんだよ!!」
『あっははは!!佳主馬びしょびしょだよ!』
「誰の所為だよ!?」
『いーじゃん、佳主馬も暑かったでしょ?』

私だって意味無く彼を川に落とす訳じゃない。彼だって、自分では気付いてなかったかもしれないが、かなりの汗を垂らしていたのだ。それでもパソコンをやり続けるなんてかなりスゴいが、いつか熱中症を起こしてしまうに決まっている。それに、先程手を掴んだ時かなり暑かったのを覚えている。
ニコッと笑い、顔を傾げる秋に佳主馬は何も言えなくなってしまったのか、黙ってしまった。

『ほら、お互い濡れちゃったしこのまま涼んじゃおうよ!』

オラオラ!と水を佳主馬にかけ始める秋。唖然としていた佳主馬はそれを腕でなるべく鼻や目に入らないように防御した。

自分でも子供だなって思いながらも、佳主馬はなんやかんやで秋と水のかけ合いっこを始めていた。自分にもこんな事出来る余裕があったなんて知らなかった。

そして、いつの間にか辺りは夕日色に染まっていた。


『川もたまにはいいね』
「…ん、」

髪から服から首や指から滴ってくる水をどう説明付けようか。気まぐれで川に来たっていうのに、いつの間にか秋のペース。
結局、二人は何の言い訳も思い付かなくなり、家に戻って来るなりかなり怒られてしまったそうだ。


プール<川


(ねね、今度は何して遊ぼうか?!)
(…勘弁してくれ)

end


***

じゅんさん、リクエストありがとうございます!
気に入ってくれると嬉しいです!


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