act.4

『ごめんなさいっ!』
「……」

あの後、皆は食事をしようと急いで準備をしていった。一方私は、佳主馬を無理矢理にでもその場から移動させて、皆に聞かれないような場所まで来た所で、彼に先程ぶった事を頭が膝に着くぐらいの勢いで謝った。
もちろん、無断で手を掴んだ事も含めてだ。佳主馬は皆の想いに応えようとしたまで、今まで闘ってきた。だからプレッシャーもかなりデカい。自分が思っている以上に、重くて苦しいプレッシャーを彼は抱え込んでいたのだ。殴るまでしなくとも佳主馬も頭の中で分かっていたのだ。
だが、佳主馬から来た言葉は避けるような言い方ではない言葉が返ってきた。

「…もういいって」
『い、いや…それじゃ私が困るんだよ!殴り返していいから…!』

そう言った瞬間、前言撤回したくなった。
そういえばコイツ少林寺習ってんじゃん、と。殴られたら痛いだけじゃ済まされないんじゃ、と。血の気が引いたみたいに顔を青くしたものの、今の思考を振り払った。
自分が悪い。佳主馬は全く悪くない。そう自分に言い聞かせて私は、もう一度頭を下げた。すると、頭の上から溜めた息を吐いてきた佳主馬。ああ、呆れている。なんて思いながら、私は心中嘆いた。

「…じゃあ、顔上げて」
『は、はいっ!!』

声を裏返しながら、佳主馬へと顔を上げる。私はそれと同時に思い切り目を閉じて来るであろう痛みに歯を食いしばった。
目を強く閉じれば、暗い視界になる。そんな中で、どこから来るか分からない痛みで、私は受け身はどうとろうとか、若干どうでもいい事を考えていた。
サンドバッグとかにはならない程度に終わってほしいな、なんて思っていれば、いきなりおでこにまるでタンスに小指を思い切り当てた時みたいに地味な痛みが襲ってきた。

『うがっ』
「…もっと女らしい声上げられないわけ?」
『っつ〜…』

余計なお世話だ、と心中思いながら、そっと片目だけ開けておでこに手を当てる。
手を軽く当てただけなのに、痛さが主張してくるように強くしてきた。痛い。佳主馬の方へとおずおずと目をやれば、呆れている割には少しだけ表情が和らいでいる彼と目が合った。あれ、なんかさっきと違う。

『てか、何で…デコピン…?』
「僕は別に気にしてなかったし。殴れ殴れうるさいからデコピン」

あ、でも手加減しなかったから大丈夫。と佳主馬は言うが、私は何に安心すればいいのか分からなかった。むしろ何が大丈夫なんですか。
どうりでまだジンジンとしている訳だ。しかも当てられた部分だけ何故か熱くなっている気がする。どんだけ強いんだでこピンだけで。そう思ってくると、そんな佳主馬に怒り任せで殴られていた翔太さんが心配だ。いや、これはガチで。だって鼻血出てたもん。

『デコピンだけで良かったの…?怒って、ない?』
「何で僕がアンタに怒るの。アバターボロボロにされてたから逆じゃない?」
『……』

ヤバい。コイツ根に持ってやがる。いや、私がもちろんいけないんだけどさ?
なんて、応え難い事を言われてしまい、私はもう一度佳主馬に謝った。

『あの、もう一回やってよ…なんか、申し訳なくて…』
「…マゾ?」
『違うわアホッ!!』

ッハ!しまった、今素でアホと言ってしまった。顔をそっと佳主馬に移せば、なんともまあ、相変わらずの無表情っぷりでした。
あーあ、またしてもやってしまった。これは完全に許して貰えるまでかなり時間がかかりそうだ、と私は顔を背けた。さて、どう挽回しようか、と必死に考えた結果たくさん殴られればいいという結論に、虚しくも辿り着いてしまった。
はあ、と思わず溜めた息を吐いた瞬間だった。

――ちゅッ…、

『…は、』
「これで許してあげる」

柔らかい何かが、私の頬に当たり乾いたリップ音が耳元に響いた。訳が分からない。佳主馬へと振り返れば、さっきまで自分の目の前に居た佳主馬がいつの間にか自分に背中を向けて歩いていた。
許してくれる、のだろうが、先程のは明らかにあのでこピンの痛さでも翔太さんみたいに食らったあのパンチでもない。痛い、というより柔らかいという印象が大きい。
じゃあ、何かと言われたら、予想出来たのは。

『ば、バ佳主馬ー!!』

ほっぺチューを、人生初めて貰いました。
もちろん、私の顔は熱くなるくらいの真っ赤だ。そんな事、鏡で見なくとも分かる。何で佳主馬があんな事をしてきたのか、不明だが、とりあえず私もそろそろ戻らなきゃいけない。
いつの間にか佳主馬の背中は見えなくなっており、私も仕方なく戻ろうと踵を上げた。

「婆ちゃん…ただいま」
『?』

不意に、誰かが栄さんを呼ぶ声が聞こえてきた。確か、皆はご飯の準備で広間へと行った気がする。栄さんの死に顔は皆見た気がする。そこで、誰が見ているのか分かった。
侘助さんだ。
そういえば、栄さんの体はこの部屋の近くだったな、と思いながら、そっと覗いてみれば栄さんが眠る布団の隣に侘助さんが座っていた。そして、顔をよく見るように近付ける。
周りを見れば、スパコンの近くなあったあの氷柱達。翔太さん、栄さん思いだなんて思いながら、私は侘助さんに近付いた。

『綺麗な顔ですよね』
「キミは…」

ようやく私に気付いたのか、侘助さんはこちらに振り返ってきた。私を見て思い出したかのように目を見開いた後、直ぐに栄さんへと目線を戻した。どうやら、私の事は覚えていたらしい。

『私は羨ましいですよ。栄さんに愛されている侘助さんが』
「…そうか?俺は結果的に、婆ちゃんを悲しませる事しかしてねえよ」

今もこうして婆ちゃんを殺してしまったものと同じだ。と呟くように言う侘助さんの背中は少し小さく見えてしまった。
侘助さんも、まさかこんな事態が襲ってくるなんて思ってもみなかったんだろう。栄さんの為に動いていたものなのに、今ではこんな大変な事態となっている。
だからこそ、今侘助さんはこうして後悔の色を顔で表している。

『でも、侘助さんの栄さんを思う気持ちは栄さんにも伝わってましたよ』

栄さんはどんな形でも、侘助さんを誰よりも大好きで、誰よりも愛していた。
最後こそ、あんな形になってしまっていたが、栄さんは最後にどうしても侘助さんのやった事を叱ったのだ。ちょっとだけ誤解してしまう行為だったけど、だからこそ、強く侘助さんを思う愛情が伝わってきた。
侘助さんも誕生日を知ってたからこの家に戻ってきたんだろう。ああ、羨ましい。陣内家の皆は、栄さんに愛されていて、入る余地が無い。

「名前は?」
『え、私ですか?』
「っそ」

こちらを見て、小さく笑う侘助さん。その笑みが不覚にもかっこよく見えてしまった。急な質問に、呆気に捕らわれるものの私は「冨永秋です」と、名乗った。最初の頃と比べて、私は侘助さんを見る目が変わった気がする。
最初は、家族や親戚の皆に警戒されるように見られていたものだから、悪い人なのかな、と私もついそういう見方になってしまっていた。だけど、今は違う。
ただお婆ちゃんが大好きな、普通の孫みたいな人なんだ。

すると、侘助さんは立ち上がって私の頭の上に手を乗せてきて、そのままぐしゃぐしゃと撫でてきた。
その思わぬ行動に驚いていれば、侘助さんがニコリと小さく微笑んできた。

「飯、食いに行くか」
『あ、はいっ』

ポンポン、と軽く私の頭を叩き先に行く侘助さんに私は追いかけるように歩いた。

…………
………

「原発が狙われてる?!大変じゃない!」
「ああ、追い詰められてる」
「食べてる場合なの?」
「遺言だからな」

そんな会話が聞こえてきて、私は侘助さんより先に駆け足で近寄った。すると、皆はもう食べ始めていた。私も早く食べなくては、と座るところを探すが中々見当たらない。いや、あるにはあるのだが、これは嫌がらせみたく見えて座り難い。むしろ、嫌がらせじゃないみたいだ。
なんて思っていれば、佳主馬がこちらを見て少しだけ隣に寄った。これは、座れと言っているみたいで余計座り難い。しかも、さっきの事があって尚更だ。だが、そんな事を言っている場合じゃない。仕方なく佳主馬の隣に座って箸を持った。

「敵は圧倒的なんでしょ?」
「慶長20年の大坂夏の陣じゃ。徳川15万の大群勢に討って出た」
「でも負けたんじゃあ…」
「こういうのは勝ちそうだから戦うとか負けそうだから戦わないとかじゃないんだよ。負け戦だって戦うんだよ、ウチはな。それも毎回!」

そんな会話を聞きながら、おかずを取るなり口に入れていく。朝は少ししか食べていなく、かなり動いた所為でお腹が空いていた。だから、かなり食べられる気がする。
話しをしている負け戦に参加する家族に、理香さんが「馬鹿な家族!」と言い、万理子さんが、そんな家族の子孫と言った。直美さんもまた、否定せずにあたしもその馬鹿の一人だわ、と受け入れていた。
そんな話しを苦笑しながら聞いていれば、侘助さんが私の頭を撫でながら隣に座ってきた。「侘助さん」と、思わず声を上げれば何故か佳主馬に睨まれた。

「でもでも、何か策はあるんでしょ?」
「今から奴をリモートで書き換える。だが間に合うかどうか五分五分だ。そこで、」
「混乱の原因はアカウントを奪われている事。もっと有効な手段で奪い返すにはどうしたらいいか」
「奴はゲーム好きだって言ってたよね」

不安げに由美さんが聞けば、侘助さんと兄さんがそう言ってきた。良かった、策はあるらしい。
だが、その間ラブマが大人しく居る筈がない。疑問をぶつける佳主馬に、兄さんは箸を一旦置いてポケットから何かを取り出してきた。そして、取り出した物を机の空いている所へとコトッと置いた。

「これですよ」

それは先程、健二兄さんが見つけたあの花札だった。

《残り一時間っ!!》

画面越しに、きっと敬先輩も昼を食べているのだろう。少しだけ聞こえ難い声で、私達に時間を告げた。


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