act.7

「――で、何で僕のところに…」
『いいのいいのっ』

寝ようとした傍から襖を思い切り開けてズカズカと入って来たのは紛れもない秋。どうしたものか、と秋を見上げれば秋は夏希先輩のところから移ってきた様子。何で僕のところに来たと聞けば、久し振りだから、という理由だった。
見た目からしては着替えてきたらしく黄色とオレンジ色のチェックの柄のパジャマを着ていた。最後に一緒に寝たのは僕が中学三年生に上がってちょっとだ。

『もうちょっと奥行って!入れない!』
「って本当に寝るの?!」
『うん』

当たり前じゃんと言わんばかりの顔で、僕を押しのけて布団の中に入って来ようとする秋。
って、いや、流石にダメでしょ!?しかも栄さんからあの話しをした後なのに、そんな急に…!
内心かなり焦っている中、秋は気にしてないのかズカズカと潜り込んで来る。ああ、僕だけドキドキしてるなんてなんか負けた気分だ。何の勝負をしてるか分かんないけど。てか、僕が抱き付いただけであんなに否定してたのに自分からは良いのだろうか。なんて思いながら仕方なく秋を入れる事にした。
すると、秋は嬉しそうに笑って僕に引っ付いてきた。

「(あ…思えば、ここに来てからあまり引っ付いて来なかったな…)」

いや、それを言うなら前まではと言うべきか。
こうして引っ付いてくるなんて本当に久し振りだ。きっと、今まで寂しかったんだろうな、なんて苦笑しながら秋の頭をゆっくり撫でた。やっぱり、中学一年生とは言っても小学校を卒業したばかりだからこうも幼く見える。
数回秋の頭を撫でた後、パッと秋が顔を上げてきた。

『兄さん、夏希先輩の事やっぱり好き?』
「っえ?!」

いきなり何?!と思い切り声を上げてしまった。というかやっぱりって…
声を上げてしまった所為か、秋は「うっさい」と可愛げない言葉を僕に言ってきた。うるさいも何もいきなりこういう事を聞かないでほしい。兄さん、一生のお願い。
真剣というにはあまりにもキョトンとしている秋。本当にさり気なく聞いてきたのだろうか。それを見た僕は一気に緊張が解れてしまい、僕はとりあえず答えようと口を開いた。

「うん…好きだよ、」
『…そっか』

そう、好きなんだ。前から、今も変わらずに好き。最初こそほんの憧れってだけだったけど、この気持ちは流石に知っている。そして、目の前にいる秋の事も。
近すぎて、気付くのが遅くなってしまったけど、今はとても幸せなんだ。きっと、この「好き」は、夏希先輩へ向けてのとはまた違う物。いつも一人だった僕の所に、この女の子が本当の妹のように近くにいてくれた。として好きかはまだ分からない。ただ、大切なんだって事は分かる。
すると、秋は僕を見上げるのを止めて顔を僕の胸に擦り付けた。

「僕はやっと分かったんだ」
『?』
「僕の幸せ」

自分でも臭い台詞言ったな、って恥ずかしくなった。
言葉の意味が分からなかったらしく、秋は再び顔を上げて首を傾げる。分からなくていい、分からなくていいから、秋は僕の傍に居て欲しい。例え秋が「兄さん嫌」って言ったって、僕は栄さんに秋も守るって決めたんだから、守ってみせる。
なんて柄にもなく闘志に火を灯していれば、秋が笑った。
え、笑った…?

『なんか、変なの兄さん』
「そ、そうかな…」
『そうだよ、何幸せって』

くくくっと喉を鳴らしながら笑う秋を見て僕もなんだか自分が言った言葉に羞恥が芽生えてきた。
は、恥ずかしい…

『…おやすみ、兄さん』
「…うん、おやすみ秋」

笑い疲れか、今日一日の疲労か秋の瞼は重くなり始めていた。そういえば今日は散々秋に迷惑をかけたかもしれない。いや、秋だけじゃない。佳主馬くんや夏希先輩、敬や刑事さん。それにこの陣内家の皆さんに。
僕があんな暗号を解かなければ、こんなに酷くならなかったんだろうか。そもそも答えが間違ってたのに、何で僕のアバターは奪われちゃったんだろう。
あれ、結構気に入ってたんだけどなあ。まあ、あのリスもどこか僕に似てるかもしれないな。
…目とか?

『兄さん…』
「ん?」
『大好き…』
「……」

って寝言かな、閉じられた目。睫毛長いなあ、なんて思いながら秋の頭を撫でる。すると、秋は気持ちよさそうに寝ながらも笑っていた。
そういえば、結構前にもこうして大好きを言われては「僕もだよ」と返してたな。今返してもどうせ聞こえないかもしれないけど、言わないに越した事はない。
僕は撫でるのを止めて、小さく呟いた。

「――僕も大好きだよ、秋」

今日はよく眠れそうだ。

…………
………

――…ッ、…ンッ!…!

『う…ん、』

重たい目を開けて音、というより鳴き声のする方を向いた。目の前には健二兄さん。そういえば、私は夏希先輩の部屋を抜けて兄さんのところに来たんだ。
目を擦り、上半身を起こせば外に居た柴犬(確かハヤテだった気がする)がこちらを見るなり、何回か吠えているのかが分かった。どうしたのだろうと、暫く見ていれば、ハヤテはこちらを数秒見た後にどこかへ走ってしまった。
何かあったのかもしれない、と証拠もない勘が出てきて、私はいつの間にか兄さんが起きるよう必死に揺さぶった。

起きた兄さんは、私の説明を聞いてまだ寝ぼけているものの分かったと頷いて直ぐにハヤテが行ったであろう場所へと兄さんと一緒に向かった。


「婆ちゃん!」
「目を覚まして!」
「おばあちゃん!!」

さっきからこの言葉しか聞こえない。ハヤテを追いかけようとすれば、親戚の人達が慌てるようにとある場所へと向かっていた。
そこに着けば、親戚の人達が集まって必死に誰かに声をかけていた。そちらを見れば、一気に状況を理解した。それと同時に一気に血の気が引いてきたのが分かった。
克彦さんが汗を掻きながら栄さんの心臓部分を押し当て心臓マッサージを何回かしていく。汗が出ている以上、何時間かやってるに違いない。医者である万作さんが首もとに手を当てて脈を計っている。一旦克彦さんに心臓マッサージを止めさせ、再び栄さんの首もとを触り次に小さなライトで栄さんの目を覗く。
そこで何かが分かったのか、万作さんは黙ってライトを消した。

「代われ、克」
「もういい」
「ダメよ克彦続けて!」
「無駄だ」
「続けてぇっ!!」

心臓マッサージを続ける克彦さんに代われと言う頼彦さん。結果が分かった万作さんはやらなくていいと言うが、万理子さんが止めるなと主張。万作さんがもう一度言えば、今度は夏希先輩が目を腫らしながら強く訴えた。
ギュッと不意に私のパジャマの裾を握ってきたのは真悟くんと祐平くん。
こんな時、私はどうしたら良いか分からず、私は彼等の小さな手を握り締める事しか出来なかった。

止めろと言われなくとも、克彦さん達は分かっていたんだ。だって、命に関わる仕事をしてて、何人ものの命を救って、救えなくって――分かってた筈なんだ。それでも、希望は捨てきれていなかった。こういう時ってどうしても現実を受け止められなくって、もしかしたらというしょうもない可能性を信じてしまって、今もこうして心臓マッサージを繰り返す。
だけど、栄さんがもう一度私達を見る事は無かった。

「皆集まってるな。5時21分」

それは、栄さんがこの世を去った時の時間だった。
こんな時でも陽は段々顔を見せてきて、この部屋を静かに照らしていく。やがてスズメの鳴く声も聞こえてきて、やっと朝が来たと理解した。
私の手を握っていた二人は泣いてない。偉いね、よく耐えたね。
今の私はそれぐらいしか彼等に掛ける言葉はなかった。

「狭心症でな、ニトロ処方してた。…これで体調をモニターしていた。心拍、血圧、発汗。異常がありゃあ直ぐアラームが上がる仕組みになっていたが…昨日の夜からのデータが送られてない」

落ち着いたところで、万作さんが携帯を開きながら栄さんの病状を皆に説明していく。私はどうすれば良いか分からず、ただ黙って栄さんの傍に寄る。布団などが乱れてないところを見ると、苦しまないで逝ったか、それとも苦しかったけど我慢して逝ったか。私は前方の逝き方であってほしいと願った。
夏希先輩は壁に肩を預けて静かに泣いている。昨日の夜も泣いたのに、夏希先輩にとってはかなりキツい状態だ。

「OZの混乱か」
「盗まれたアカウントの中に、システムの関係者が居たんだ…」
「じゃあ、いつも通りなら助かったのかよ?」
「いや…寿命だろうな」

医者の判断は寿命。
寿命なら、OZの混乱だろうが関係ない。とりあえず、OZの所為で助からなかったというのは避けたみたいだ。だが、万助さんは納得出来なかったらしくついには詫助さんを呼べとの事。なんでも、捕まえて締め上げるとか。
そういう事については敢えて何も言わないが、せめて栄さんの前では言って欲しくなかった。

「昨日の夜、翔太の車で出てったらしいが…」
「十年も家を離れてたんだ…誰も連絡先なんて知らないよ」
「――くそっ!!」


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