この香りを、きっと忘れないだろう (1/2)

――拓也お兄ちゃんは結衣さんが好きなの?

以前、友樹にそんな事を聞かれた。当時の俺はそんな事はないと、考えた事が無いと否定をしたのを覚えている。何故、今その事を思い出したかと言うのも、最近の俺は結衣を見る頻度が高くなっている気がしたからである。
結衣は俺達の大事な仲間だし、俺達の中ではしっかりしてる女の子だ。その癖皆に対して妙に壁を作っている気もしなくもない。まあ最近になっては徐々に輪に入ってきている方だよな。守ってあげたい女の子だなと思ったのが最初だ。

俺が結衣を好き?いやいや、結衣は仲間だ。泉や友樹たちと同じ、仲間。
そうだろ?と自問してみるけれど、ここで自分の中で一つの疑問が浮かぶ。
と言うのも、俺は友樹に対して守ってやりたいという感情と、結衣に対しての守ってやりたいという感情が同じではない。どう違うのかという細かい所はよく分かってはいないが。
俺は、泉が純平や友樹、輝二と話をしていても何とも思わない。けど、結衣が話しているのを見ると、そわそわして落ち着かない。特に輝二とだなんてもってのほかだな、アイツ気に食わないし。

まあ、俺の中ではそんな事がある訳で、俺も気付かない訳じゃない。だけど、自覚してしまった瞬間、自分らしくない考えが次々と溢れ出てきてしまい抑えられないのだ。
まるで、欲しいゲームをどうしても手に入れたいと愚図る小さな子どものような――

「(って!結衣は物じゃねぇっての!)」

と、この通りである。しかし、この感情に間違ってはいないというのも事実。拓也はひとしきり頭を左右に振るなり、ちらりと結衣の方へと振り向く。
今は、とある町に来ており、森のターミナルへの道筋を聞く為に、この町にいるデジモンに情報収集している所だった。因みに二手に分かれている訳で、俺は結衣と友樹と一緒に行動をしている。情報収集に廃りはないし、俺としてはこのメンバーでラッキーだったから、文句ないし何よりいつもより結衣の隣に居れるという事を喜べた。
だが――

「結衣さん!見てみて、変なの見つけた!」
『うわっ…友樹、見つけるのは良いけど情報収集もね?』
「はーい!」
『でも本当に変な物見つけたね…』
「うん!」

妙に、友樹が結衣によく声を掛けるようになってきている。気がする。
それも今からじゃない。この数日ずっとだ。こう言うのも気が引けるのだが、結衣は俺達の中で唯一友樹に心を開いている。きっと、彼女に弟がいるから、母性本能と彼女自身姉という自覚があり、友樹の事も弟のように接しているからだと思う。俺だって友樹ぐらいの弟がいるから分からない訳じゃない。つい年下の世話を焼きたくなってしまう。友樹も友樹で、姉が居ないから余計に結衣に甘えているのは見て分かる。けど…

「これ美味しいのかな結衣さん」
『ううーん…匂い的には甘い香りだし、美味しそうだけど…』
「あーん!」
『えぇ?食べるの?』
「僕も食べるから…」
『うむ…それなら…あーん』

くっそ近い…!そしてくそ羨ましいシチュエーション…!それにあれってもしかして間接…キ…!?
ぐぐぐ、とあーんし合う二人の姿に俺は自分から声を掛けたデジモンの話しを左から右に受け流してしまう。おかげでそのデジモンには「話聞いてんのかあんちゃん?」と怒り気味に言われた。聞いてたよ、最初の方だけだけど。
俺は、今話してくれていたデジモンに悪い、とそれだけ告げるとそのまま二人の方へと歩み寄って行く。
何かさっきから情報収集してるの俺だけみたいじゃないか。一言文句言ってやる。
胸の中のモヤモヤを、少しでも晴らしたくて、俺は二人に近寄る。
そして、わざとらしく咳き込む真似をしてみれば、二人は俺に気付くなり笑顔を向けてきた。
…ん?何でだ?

「拓也お兄ちゃん!」
『拓也もどう?』
「は…?」

俺のイライラが分からないのか、それとも気付いていないのか。二人は笑顔で俺に近寄るなり、二人が食べていた食べ物をこちらに差し出してくる。そんな二人の姿に、俺も意味が分からずに思わず呆気らかんとした声が出てしまったが、二人はそれでも気にせず、俺にその食べ物を差し出してくる。
そんな二人の和やかな空気に持って行かれそうになったが、それでもぶんぶんと首を左右に振るなり、腰に手を当てる。

「…あのなぁ、俺達は遊びに来た訳じゃないんだぞ?」
「『あ…』」
「ちゃんと森のターミナルの情報は聞けたのか?」

ジッ、と二人を交互に見比べてみれば、二人はやはりこの街に夢中でそれどころではなかったらしい。はあ、と呆れ気味に溜め息を吐けば、二人は余計に肩を落とす。友樹はまあ、仕方ないとしても結衣は少ししっかりしても…
いや、しっかりしてたよな。今までの旅でコイツがしっかりしてなかった事なんて無かった。今日は特別、結衣の子供らしさが見れた気がする。そもそも友樹にしか見せない笑顔を、無自覚にしろ俺にも向けていたし、気が緩んでたのかもしれないな…。

『ごめんね、拓也…。私達ちょっと浮かれてた…』
「拓也お兄ちゃん、ごめんなさい…」

と、ここで俺の中でイライラよりも罪悪感が襲ってきて、怒る気もどこかへと行ってしまう。
二人にこうも落ち込まれ、更に謝罪の言葉も本当に申し訳なさそうに言うものだから、もう一度、浅く溜め息を吐く。何か、俺が悪い事してるみたいで気が引ける…。まあ、俺も少し感情的になり過ぎたかな…。それに、情報収集は俺も出来てなかったし。

「…ちょっとだけ、休憩するか」
「!」
『そ、それなら拓也だけでも休んでて!私達二人で拓也の分まで頑張るし…!』
「別にいいよ、それに俺が離れたらまたさっきみたいになるだろ?俺は二人のストッパーだからな」
『うう…本当にごめんね』
「だからいいって!それより、さっきの食べ物どこで見つけたんだ?俺達金持ってないし」

そもそもどこで手に入れたのやら。そう尋ねると友樹が少し気まずそうに、反対側の方を指差しながら一つの店を差す。そちらに視線をやってみれば、青いデジモンがニコニコと人の良さそうな…いや表現が違うな、デジモンの良さそうな顔をしながら他のデジモン達に食べ物を売っていた。

「ブイモンってデジモンが、試食用の食べ物を分けてくれたんだ!」
『森のターミナルへの道のりは知らないから、せめてもの情けって感じで』
「へぇ…」

やはりそう簡単に情報という物はもらえない物なのだろう。その話しを聞いて、拓也は募っていた疲労感が今急に襲い掛かり、近くにあった椅子に腰を掛けるなり力を抜いた。この町に来て随分と時間が経ち、歩き続けて、まだ腹には何も入れていない。更に、余計な神経まで使っていた故にこれ程までに疲れるのも頷ける。そんな俺を見て、二人は余計に困ったような表情をしてしまい、俺の両隣に座ってきた。
それでも、俺よりも、二人は二人で会話をして過ごす。何だよ、俺を挟んで話しを進めるのかよ…と、もはや会話の内容を聞く気にもなれず、胸の中でモヤモヤとした物を抱えながらぼーっと街並みを見詰める。

「あのデジモンは知ってるかな?」
『あそこなら物知りなデジモン居そうだね』
「じゃあ、今度はあっちに行こう!」
『それでもダメだったら、今度は――』
「……」

何だよ、ちょっとは俺に声を掛けてくれても良いじゃんか…。俺の中にあるモヤモヤが増幅するのと同時に、胸が痛くなるのが分かる。
二人には遊びに来たんじゃないぞとは注意したけど、ちゃんと次の事を考えてるんだよな。何だよ、俺いらなくね…?
考えれば考える程モヤモヤとイライラが溢れ出てきて、休憩どころではない。そして、何より二人が楽しそうに会話しているのが気に食わない。…俺だけ仲間外れみたいだから?
そう考えてしまう自分が子どもっぽい。そう思った瞬間、居た堪れなくて立ち上がる。そんな俺に二人は驚いたようにこっちを見ているのが分かった。

『どうしたの拓也?』
「別に…」
「もう行くの?」
「まあ…」
『じゃあ、行こうか友樹』
「うん!」

それでも俺に付き合おうとする二人は本当に、優しいんだろうなと思う反面、別について来なくても良いだろ、と思ってしまう自分がいる。
ちらりと、二人の方を振り返って見れば、友樹と結衣は二人で手を繋いでいる。その姿を見て、更に俺は眉間に皺が寄るのを感じた。

「二人とも、仲良いよな…」
「え?」
『そうかな?』
「…さっきも二人で食べさせ合ったり、今だって…」

手、繋いでるし…。と後半の方が声も小さくなっていくのが自分でも分かった。何だよ、これ。何かまるで二人が仲良くしてんのが嫌だって言ってるもんじゃねぇか。急に二人の顔も見たくなくなって、俺は地面と睨めっこ。溜め息も吐きたくなってきて、早く二人の側から離れてしまいたい気持ちになる。

「!」

一方、友樹は拓也の先程とは違う態度に気付いた。原因が何かも、本人が口にした事により理解する事が出来た。だからこそ友樹は僅かに笑みを浮かばせ、結衣の握っている方の手を揺する。

『どうしたの友樹?』
「僕、喉渇いちゃった!さっき水飲み場見つけたからちょっと飲んでくるね!」
『そうなの?じゃあ一緒に行こっか』
「ううん、結衣さんは拓也お兄ちゃんと待ってて!すぐに戻って来るから!」
『え…』
「…?」

じゃあ、っと友樹はそう言うと直ぐに駆けて行き、曲がり角を曲がって行く。姿が見えなくなった所で、二人は目を合わせるなり、首を傾げた。

「友樹の奴、どうしたって?」
『あ、何か喉が渇いたみたいで…水飲んでくるみたい』

だから、戻って来るまで待ってよっか。と苦笑気味に言う結衣。さっきの食べ物を食べて喉が渇いたのだろうか?どういう理由にしろ友樹が戻って来なければ動けないので、俺は結衣と一緒に椅子に座って待つ事に。しばらく持っていた食べ物を手で弄っている結衣。その食べ物の形は丸かったのだろうけど、結衣と友樹が食べた所為か、歯型に削られている。
その歯型もどちらも反対側に付いている為、俺が気にしていた間接…にはなっていないようだ。
だったら、と…妙な自信が付いた瞬間、俺は自分でも引くくらいの提案を出した。

「あのさ、」
『…?』
「俺にもそれ頂戴」
『あ、これ?うん、いいよ。とても甘くておいしかったよ』

はい、と笑みを浮かばせながら俺にその食べ物を差し出してくれる結衣。差し出すというだけであり、彼女は俺の手元にその食べ物を差し出す。友樹の時は口元だったのに、俺にはやっぱりしないんだな、と内心文句を言いつつ、それでも俺はこの空気に負けてられんとジッと結衣を見つめた。

『…?食べないの?』
「…食べるよ、」

…流石に言葉にするのは気恥ずかしくって、中々口には出せなかった。それだけ自分は余裕が無いって事だし、随分なヘタレだと自覚した。だから、代わりに俺は結衣のその差し出している手を掴んでは彼女の持っている食べ物に、かぶりつく。これだけで、俺はもう満足だった。そして、口の中に広まる味に意識が行く。おっ、結構美味いぞこれ。不思議な味だけど、何となく馴染みのある味のような感じだ。何だっけ、これ。苺…?にしてはあまり酸っぱくないし…。さくらんぼって訳じゃ…。
頭を悩ませながら、もう一口とかぶりつく。だけど何の味だったか思い出せない。

「うん、確かに美味いわ」
『え、あ、そ、そうだよね…!うん…!』
「けどなんか知ってる味なんだよなぁ…」
『そう、だね…』
「結衣…?」

明らかに反応が違くなっている結衣。俺が試しに名前を呼べば、結衣はいつになく肩を大きく揺らした。

『な、何かな!?』
「…い、いや、どうしたんだよ…。なんか、顔真っ赤だぞ?大丈夫か…?」
『そ、そうかな?!ふ、普通だよ普通…!』

そう言って、結衣は手元にある食べ物を口に頬張ろうとする。だけど、中々口に含もうとせず、まるで金魚の口のようにパクパクと開けたり閉じたりを繰り返す。明らかに先程と態度が違うし、何より顔が赤い。一瞬金魚の真似なのか?と首を傾げたが結衣に限ってそんな事はしないだろう。だとしたら余計、今の彼女の行動が分からなくなる。
あまりのじれったさに、俺ももう一度声を掛ける。

「…熱があるならそう言えよ、明らかにさっきと様子違うぞ?」
『ち、違うって!熱なんて無いし――』
「いいから、ちょっと額貸してみ」
『!?』

明らかに何か隠している様子の結衣の額に俺は手袋を取った方の手を当てる。そして、その手の甲に自分の額を当てては、目を閉じる。
んんー…確かに結衣の方が熱い気はするが、でも熱があるとは思えない。気のせいか…?と、閉じていた目を開ければ、結衣の瞳とばっちりと目が合った。

『た、拓也…?』
「な、あ…っ…いや、これは…!」

漸く俺が何をしていたか、理解出来た。
上昇する俺の頬の熱。明らかに動揺している俺の姿が結衣の瞳の中で分かり、バッと後ろに下がる。だが、あまり下がる事が出来ず背中に誰かが当たる。誰だよ!?とそちらを見てみれば、そこにはべったりとお互いがお互いにくっつき合っているデジモン二匹がおり、まるで今の俺達を見ているようで、妙な感覚に襲われる。その光景が、俺の体温をもっと上昇させて、流石の羞恥心に襲われた俺は直ぐに立ち上がって後ずされば、とんとんと俺の背中をつつく奴が。今度は誰だよ!バッと振り向けば、そこには僅かに頬を赤らめる友樹の姿があった。

「と、とも…友樹!?」

もしかして、今の場面を見られたのでは!?と冷や汗が止まらない中、友樹は俺から視線を逸らして、思わぬ爆弾発言を投下した。

「あのさ…二人とも、今の間接キスだよね…?」
『「!?」』

友樹に言われて、すぐに思い出す先程のやり取り。
そうだよ、俺っ…無意識に結衣の食べてた物を、食べてた…。それって、傍から見たら結衣が俺に「あーん」をしてるように見えて…!しかもそれは結衣の食べかけで…!しかもしかも、その後俺…!結衣と顔が…!
ちらりと結衣の方を見てみれば、結衣もまた俺の方を見ていて、カァッとお互いがお互いに赤くなる頬。それと同時に、周りに来ていたデジモン達が「ひゅーひゅー」と口笛を鳴らしたり、「お熱いねぇ〜!」と面白そうに野次を飛ばしてくる。

「兄ちゃんたち見せつけるねぇ〜そんな初々しいカップルにおまけしてやるよ!採りたてほやほや!魅惑のクラクラ・ジェリーベリーをふんだんに使ったパイだよ!」

ダッと無意識に俺は走り出していた。周りにいたデジモン達の冷やかしの声が聞こえてこないくらいに無我夢中で走っていた。
立ち去る際にブイモンが持っていたパイの香りは、あの食べ物――クラクラ・ジェリーベリーの香りを漂わせていたのを覚えている。

あの香りは確か―――

「あらら、彼氏さん行っちまったねー。姉ちゃんどうだい?このパイはオラの居た村の特製でっせ」
『あ、ありがとう…ございます』
「結衣さん…あの、大丈夫?」
『…ラズベリーの香りがした』
「え?」

結衣は熱を帯びる頬を感じながら、ブイモンから受け取ったパイをジッと見つめた。
形こそ違ったけれど、あの香りは確かにラズベリーの香りで、甘酸っぱかった。


*****

琥珀様リクエストで、夢主と友樹が戯れている所を見た拓也の嫉妬でした。
更新は遅いし、あまり友樹と夢主は戯れていないし、拓也の嫉妬も、これ嫉妬と呼べるのか…?状態だし、最後は糖度高めで、管理人は途中から「あれ、この話しって甘めで良かったっけ?」と迷子状態でした…()
もっと嫉妬系を勉強するべきでしたね…。
ご期待通り、とまではいかないとは思いますが、琥珀様リクエストありがとうございました!



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